ジェムコ日本経営本部長コンサルタントの古谷賢一氏
ジェムコ日本経営本部長コンサルタントの古谷賢一氏
[画像のクリックで拡大表示]

 日本企業の生産現場は強い…はずだった。これまで世界の「常識」のように捉えられてきた認識が揺らぎ始めている。当然のようにできていたQCDを高い水準で維持する仕組みが機能しなくなりつつある。そう指摘するのが、「技術者塾」において「工場マネジメントの基本」の講座を持つ、ジェムコ日本経営本部長コンサルタントの古谷賢一氏だ。日本企業の国内外工場の実態について同氏に聞いた。(聞き手は近岡 裕)

──日本企業の国内工場、および海外工場の現状を教えてください。何か問題や不安点はありますか。

古谷氏:さまざまな報道や論評の中で、日本の製造業が弱くなったと指摘されることは、もはや珍しいことではありません。その原因として、魅力的な商品を開発するための技術力の低下や消費者のニーズの変化への対応力の低下など、さまざまな問題が挙げられています。しかし私は、製造業の根幹である「ものづくり力の低下」にも目を向ける必要があると考えています。ここで、企業の工場で実際に起こっている事例を紹介しましょう。

 1つは、あるグローバル企業の現地法人での事例です。国内工場で係長をしていた非常に優秀な方が、海外法人で製造部長に就きました。彼は赴任した現地の工場を目の当たりにして愕然としました。現場はものの置き場もないくらいに雑然としており、すぐに現場の5Sが必要と感じたそうです。

 5Sなどが高いレベルで維持されている職場で育った彼は、何もできていない工場をどういう手順で変えていけば良いか分からず、経験をベースに定位置化の推進や表示類の展開などを行ったそうです。しかし混乱した現場のQ(品質)C(コスト)D(納期/スピード)は、ほとんど改善できませんでした。つまり、5Sができているイメージは持ってはいるものの、5Sの本当の意味を理解した上で、適切に現場を改革するための知識は持っていなかったということです。

 もう1つは、熟練した技能者を多数抱えて、高い技術力で着実に業績を伸ばしてきた企業の事例です。職場の高齢化が進み、熟練した技能者が次々と退職していく中で、ノウハウの伝承を目的に、作業標準の作成と活用を進めていました。しかし、出来上がった作業標準を見ると、作業の大まかな手順は書いてあるものの、その作業に必要なノウハウに類する記述はほとんどありませんでした。

 熟練技能者に言わせると、「日々の当たり前の作業なので、特にノウハウがあるとは思えない」とのことでした。実際には、膨大なノウハウが作業の中で実践されていたのですが、ノウハウをノウハウと認識しないままに、表面的な動作のみが教育によって後輩に伝授されていたのです。

 国内や海外の工場で実際にあった事例を挙げましたが、両者に共通する問題はものづくりの基本や品質造り込みの基本など、製造業の力の源ともいえる考え方や実行方法が、適切に次世代人材に教育されていなかったことにあるといえます。私はこのことが、ものづくり力の低下の本質的な面と考えています。