軽視してしまうワケ

──表面処理は重要な技術なのに、なぜ軽視してしまうのでしょうか。

岡本氏:表面処理について体系的に学ぶ機会があまりないのではないでしょうか。そのため、表面処理の原理・原則という「本質」を押さえている人が減っていると感じます。

 例えば、今述べた、表面処理では母材との相性が密着強度や機能に影響を与えるという、とても重要なポイントを知らない人が増えているという印象を受けます。そのため、ある機能を付与したいと考えたときに、母材の表面に安易に材料を付けようとする。でも、それがどのような影響を与えるかについては考えていない、というケースは珍しくありません。

 めっきも同様です。めっき処理すると、その過程で水素が発生します。その水素は母材の中に入り、水素脆化を引き起こして鋼材の強度を低下させます。これを知らずにめっきを施してしまう設計者がいるのです。このポイントをきちんと押さえている人は、めっきを施すと水素が入る可能性があるため、エージングによって水素を追い出してから使用します。

 でも、知らなければ、水素が入ったまま使ってしまう。すると、相手材が金属の場合は「遅れ破壊」を起こして壊れることがあります。特に、内部にひずみがある材料が水素の影響を強く受ける。例えば、鋼の中でもマルテンサイト化した硬くて高強度な材料の場合は、内部に欠陥が多いため、水素が溜まりやすい。従って、こうした材料は遅れ破壊の影響も大きくなるのです。

 ビッカース硬さ350、引っ張り強さ1100MPaを超えるような超高張力鋼板の場合は、特に遅れ破壊の影響が大きくなります。水素が発生しない場所なら使えますが、錆(さ)びると水素が発生するため、鋼材の中に入り込んでくる可能性があります。もちろん、応力が加わらない条件であれば問題なく使えるのですが。

 でも、例えばクルマでは錆が発生して高強度ボルトの中に水素が入り込んで遅れ破壊する可能性がある。そのため、クルマでは高強度なボルトは絶対に使いません。これが常識になっています。ボルトはかなり強い力で締め付けるため、常に高い応力が加わっています。

 いずれにせよ、表面処理の本質を押さえておけば、こうしたトラブルに陥ることなく設計できるのです。