K&Kテクノリサーチ代表 ワールドテック講師(元デンソー)加藤 克司 氏
K&Kテクノリサーチ代表 ワールドテック講師(元デンソー)加藤 克司 氏
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 エンジンでは今、近い将来をにらんだ大きな技術革新が誕生している。「可変圧縮比エンジン」と「HCCI(均質予混合圧縮着火)エンジン」だ。一方で、将来的にエンジン車の販売を「ほぼゼロにする」というトヨタ自動車の発表が、多くの部品・材料メーカーに動揺を与え続けている。エンジンの革新技術とは何か、そしてエンジンは消えるのか。「日経 xTECHラーニング」において「世界の自動車用パワートレーンの最新・将来技術と規制動向」の講座を持つ、K&Kテクノリサーチ代表でワールドテック講師(元デンソー)の加藤克司氏に聞いた。(聞き手は近岡 裕)

可変圧縮エンジンとは?

──「可変圧縮比エンジン」とはどのようなエンジンなのでしょうか。

加藤氏:可変圧縮比エンジンは、その名の通り、圧縮比を運転状態で変えるものです。日産自動車が可変圧縮比エンジンを数年後には量産するとパリのモーターショーで発表しました。2018年になると見られます。最大の特徴は、クランクシャフトとコネクティングロッド(コンロッド)の間にマルチリンク機構を設けたこと。これにより、運転状態に応じてピストンの上死点位置を変え、低回転時と高速回転時とで圧縮比を変えることができるのです。日産自動車の可変圧縮比エンジンの圧縮比は8~14に変化します。

 エンジンの圧縮比を高めると熱効率が向上します。ただし、問題は圧縮比が高すぎるとノッキングが起こりやすくなることです。未燃焼ガスが残っている状態で圧力が高くなると、高温になりすぎて火花点火する前に自己着火が起きることがあります。こうなると、正常な燃焼の前に、異常燃焼が発生します。この異常燃焼は圧力波となり、音速でシリンダー内を往復する。すると、シリンダー壁などに衝撃が加わって「カリカリ…」といった異音を発し、エンジンにダメージを与えます。ユーザーも不安にさせてしまう。

 そこで、現状はノックコントロールシステムを採用しています。ノッキングが起きそうなことを信号で判定すると、点火時期を遅らせてノッキングを回避するのです。しかし、これでは出力も熱効率も下がってしまう。そのため、現行のエンジンは先述のアトキンソンサイクルのような技術を使って実圧縮比を抑えています。

 こうした課題を解決するのが、可変圧縮比エンジンです。高回転・高負荷領域では圧縮比を(日産自動車の場合は8まで)下げる。この圧縮比ならノッキングの発生を防ぐことができます。一方で、ノッキングが起きにくい低回転・中負荷領域では圧縮比を(日産自動車の場合は14まで)上げます。これにより、熱効率を高めて低燃費にできるのです。

燃費がHEVに近づく

 可変圧縮比エンジンの魅力は、エンジン単体でありながら燃費をHEVに近づけられること。日産自動車は従来に比べて燃費を27%改善できると発表しています。

 実は、この基になるメカの複式リンク機構は既にホンダが開発しています。複式リンク式の高膨張比エンジン「EXlink(エクスリンク)」です。2011年に販売された、家庭用ガスエンジン・コージェネレーション(熱電併給)システム「エコウィル」の発電用ガスエンジンで実用化されています。「メカ複式リンク機構」を使って吸気時と膨張時のピストンの下死点を変え、膨張比を変える仕組みです。

 同じく高膨張比エンジンである先のアトキンソンサイクルは、エンジンの吸排気バルブのバルブタイミングを変えることで高膨張比を実現しています。シンプルなので、現状ではこちらが主流です。これに対し、ホンダはメカ式で高膨張比エンジンを実現しました。これと類似したメカ機構をベースに、日産自動車は運転状態によって圧縮比を変えられるように大きなエンジンの改良を進めています。

 ただし、課題はコストが高いことです。マルチリンク機構を組み込むため、エンジン本体の構造も従来から大きく変えなければなりません。当面は高級車に限って採用されていくと予想されます。