元三菱化学 科学技術研究センター副社長、宮澤技術士事務所代表 宮澤 千尋 氏
元三菱化学 科学技術研究センター副社長、宮澤技術士事務所代表 宮澤 千尋 氏
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 多くの日本企業が今、イノベーションを起こそうと躍起になっている。競争と市場の変化が激化する中で、新たな収益源を見つけなければならないと痛切に感じている。どのようにすれば、イノベーションを生み出せるのか。そのヒントを探るべく、「技術者塾 特別編」の「持続的成長に導く研究開発テーマの見つけ方・育て方」(2017年7月13日)に登壇する元三菱化学(現三菱ケミカルホールディングス)科学技術研究センター副社長で宮澤技術士事務所代表の宮澤千尋氏に聞いた。(聞き手は近岡 裕)

──三菱化学ではイノベーションの種をどのように見つけ、また育てていたのでしょうか。

宮澤氏:三菱化学時代に、私は科学技術研究センターの副社長として知財部門の統括管理を担当しました。医薬や農薬、化学品、食品、半導体、LED、電池と、幅広い分野を見ていたのです。

 三菱化学は2017年4月に三菱樹脂および三菱レイヨンと統合し、三菱ケミカホールディングスとなりました。その会長を務める小林喜光氏は、三菱化学の研究開発部門出身。同氏がよく言っていたのは、「事業と研究開発と知財は三位一体である」ということです。どれか1つだけが良くてもダメ。これら3つが全て関連し合い、それぞれが新しいものを持ち寄って、初めてプラスの方向に回る、すなわち持続可能になる。私がいたときから、「もっと勝てる事業に、もっと良い事業にするにはどうしたらよいか」という発想をみんなが持っていました。

 この考えは外部との連携でも変わりません。医薬分野では、田辺製薬と三菱ウェルファーマが合併した田辺三菱製薬もそうでした。

──事例を踏まえながら具体的に教えてもらえませんか。

宮澤氏:例えば、リチウムイオン2次電池の事例があります。産・官・学、具体的には日本の自動車メーカーと、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、米国の大学と連携し、大容量で短時間で充電できるリチウムイオン2次電池を生み出しました。これは実用化され、今、クルマに搭載されて道を走っています。

 イノベーションにつながる研究テーマを探すことは、事業と一体です。リチウムイオン2次電池の場合、事業は自動車メーカーへの販売でした。この自動車メーカーは「競合の自動車メーカーに勝つために、もっともっと高い機能にせよ」と発破を掛け、三菱化学はその声に応えました。両社で刺激し合い、当時としては画期的な容量のリチウムイオン2次電池を開発しました。

 そして、学術論文(以下、論文)こそが新しいアイデアの発端です。リチウムイオン2次電池でも論文を調べてアイデアを見つけ、その鍵を握る米国のある女性研究者を見つけました。そこから先はグループを1つにし、研究所でアイデアを基に片っ端から試作品を作り、実験データをとって検証していくのです。こうして得られるビッグデータの分析から研究方向の良し悪しを決めていきました。ダメなら研究の方向を変更し、再度アイデアを基に試作品を作って実験データを取得していきます。

 アイデアは構想です。なぜ高容量にできるのかを考え、陰極の表面積が大きいものを探しました。最終的には陰極材料を「蜂の巣」状にしました。陽極の方は、どのようにしたらリチウムが溶け出しやすくなるかを追求しました。これらの課題について、論文を読み、仮説を立てては検証していったのです。

 研究には3000人が関わったので、1つの仮説に対して1人当たり20点で、合計6万点を検証しました。当然、それなりの時間がかかります。仮説は当初何十もありましたが、10個程度まで絞り込んで実験を進めていきました。

 リチウムイオン2次電池は実用化しましたが、必ず成功するとは限りません。例えば、青色LEDはものになりませんでした。青色LEDには窒化ガリウムの単結晶が必要です。その結晶を作ることはできたのですが、商品化する前に低コストな結晶成長方法を米国のある企業に押さえられてしまいました。結晶の純度では三菱化学の方が優れていたのですが、コスト競争力で負けてしまったのです。この失敗から、改めて三位一体の必要性を痛感しました。