研究者への処遇が大切

──それでも、イノベーションとなり、事業化にもつながるアイデアはなかなか出てこないという声は大きいのではないでしょうか。

宮澤氏:厳しい言い方かもしれませんが、考えられる理由の1つとして、研究者の悩み方が足りないということが挙げられると思います。いわゆる易きに流れる人が少なくありません。短期間で成果を上げたいと急ぐからでしょう。ただし、逆に見れば、これは企業が研究者を優遇していないということでもあると思います。

 例えば、中国の大手企業の役員には高い割合で研究者出身者がいます。これに対し、日本企業では総じて研究者出身の役員が少ない一方で、経理や人事部門の出身者が目立つという傾向が見られます。これでは研究者に高いモチベーションを与えきれません。この点では、インドの企業は特筆できます。三菱化学はカルカッタ(現コルカタ)にグループ企業がありました。私は研究職希望のインド人の学生と話したことがあるのですが、とにかく彼らはモチベーションが高い。頑張れば役職が上がるというのが、その原動力になっていました。私はよく「日本企業の役員の出身部門はどこが多いのか?」と彼らに聞かれ、「経理や人事部門の出身者が多い」と答えると、「そんな会社はダメだ」と一蹴されたものです。

──研究者のモチベーションを高めるために、心掛けたことがあれば教えてください。

宮澤氏:まず、研究者には自由な雰囲気が必須です。三菱化学の研究所は丘の上にあり、立派なスペースや展示場があり、会議室がたくさんありました。オープンな雰囲気で、研究者は楽しそうに見えました。言いたいことも言える環境だったと思います。

 研究者が言いたいことを言えるように、私は雰囲気づくりに気をつけていました。組織の中で自由にものが言えないのは、人事権を持つ上司が怖いからです。そこで、私は「サクラ」を使いました。数人の部下に、不問に付すことを前提にあえて上司である私の批判をさせたのです。こうして、私の課題点を遠慮なく指摘してもらいました。ただし、ダメ出しだけで終わるのではなく、良くするための方法も併せて言ってもらうように依頼しました。改善点の提案とセットであれば、上司批判の「大義名分」が立つからです。実は、この方法は私の発案ではなく、歴代の所長が実践していたことです。

 何かを否定した後に、ポジティブなアイデア。これが連携を生みます。これらをセットにして風土を植え付けるのが、所長の役目なのです。三菱化学はポジティブな範囲を、先の三位一体にまで広げていました。野球のストライクゾーンを広げると、ピッチャーは投げやすくなります。ポジティブな範囲を広げると、受け皿が大きくなるので研究者はかなり自由になります。研究者を縛る妙なルールも出来ません。こうして、研究者を自由な雰囲気に置き、優れたアイデアを発想してもらうのです。