元米国3M研究所長、サステナビリティ経営研究所代表 新村 嘉朗 氏
元米国3M研究所長、サステナビリティ経営研究所代表 新村 嘉朗 氏
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 多くの日本企業が喉から手が出るほど望んでいるイノべーションを、次々と生み出す企業に米3M社がある。世界でも有数の創造的な企業だ。同社はなぜ、イノベーションを生み出し続け、持続的な成長を維持することができるのか。米国3M研究所長を務めた経歴を持ち、「技術者塾 特別編」の「持続的成長に導く研究開発テーマの見つけ方・育て方」(2017年7月13日)に登壇するサステナビリティ経営研究所代表の新村嘉朗氏に、3M社の持続的イノベーションの秘密を聞いた。(聞き手は近岡 裕)

──米3M社はイノベーションが得意な会社として世界的に有名です。イノベーションを次々と生み出す創造的な会社というイメージがあります。

新村氏:実は、3M社は「イノベーションを起こそう」と思ってイノベーションを起こしてきたわけではありません。3M社の場合、取り組んできたことが正しかったのだと思います。

 私は入社して働く中で、3M社の仕事の進め方を自然に身に付けました。もしかすると、世間の人は3M社についてスマートにイノベーションを起こす特殊な企業というイメージを持っているのかもしれません。でも、そんなに格好良いものではありません。実態はカオス的です。もっと泥臭いものであり、格好良く表現すると真の3M社の姿ではなくなってしまいます。

 3M社には、イノベーションの前に企業方針がある。それに則って、社員が頑張って製品やサービスといった商品を開発し、市場に投入する。受け入れられずに消えていくものがある中で、生き残る商品がある。それを世の中の人が「3M社のイノベーション」と呼んでくれているのです。3M社が商品を開発したり市場投入したりした段階で、「これはイノベーションです」と口にするのはおこがましい。気が付いてみると、世の中の人が「イノベーションだ」と評価してくれている商品、それこそがイノベーションなのです。

──それは意外です。最初からイノベーションを狙って開発を進め、しかも成功率が高いというのが3M社に対して抱いていた印象です。

新村氏:イノベーションを掲げて開発を進めると、逆に進めにくいと思います。どの企業も新製品や新規事業の開発に日頃から取り組んでいます。既存の商品や事業の改良にも努めている。なぜそうするかと言えば、当然ながら、企業として利益を出すためです。いきなりイノベーションを生み出すという前に、製品や事業開発、改良といった仕事に取り組んでいくのです。

 新製品を開発したことや、新たに事業を始めるといったことは企業が宣言すればよいでしょう。しかし、市場で一定以上の評価を得て初めてイノベーションになるものを、企業が「これはイノベーションです」と宣言することは絶対にできません。商品が売れ、お客様に「いいね」「便利だね」と広まっていくには時間がかかります。こうしてある時に閾値を超える。こうして、イノベーションになるのです。

 主役はあくまでも市場とお客様。企業が勝手に創り上げるものではありません。市場とお客様に気に入られて、デファクトスタンダード(事実上の標準)と呼べるような商品になる。そして、企業に収益がもたらされる。ここまでいったら、イノベーションです。

 それなのに、多くの企業はいきなり「イノベーションを生み出そう」と言ってしまうのです。