「価値」を追求してお金に変える

──3M社はどうなのでしょうか。

新村氏:3M社では、誰もイノベーションを生み出そうなどと口にしません。その代わりに、3M社には事業活動において明確な哲学があります。それは、「Research is the transformation of money into knowledge(研究は金銭を知識に変えることである)」という言葉で表現されるものです。研究にはお金が必要です。お金を使って知識を得る。特許や学会発表、論文などさまざまな人類の知識を積み上げていくことが研究です。お金がないと研究はできません。しかし、研究だけでは道半ば。こうして得た知識をお金に変えるのが、イノベーションなのです。

 資本を集めて会社をつくり、自分たちが持っていない新しい知識を積み上げる。そして、その知識を使ってお金を儲ける。つまり、お金を儲け、それを次の知識を得るための研究資金にする。これを回していくことが、3M社の考えなのです。

 3M社ではイノベーションをやれとは誰も言いませんが、事業部では粗利が20%以上のものしか扱いません。それ未満だと十分な利益が得られないからです。2016年度の3M社の売り上げは約3兆3000億円(301億米ドル、1米ドル=110円換算)で、粗利はざっと8000億円。これがイノベーションのご褒美です。目的はお金を儲けることであり、イノベーションはそのためのツールにすぎません。

──大きなご褒美ですね。結果論なのかもしれませんが、それでも3M社はイノベーションを生み出すのがうまいと言えると思います。

新村氏:繰り返しになりますが、イノベーションかどうかは自分では決められません。確かに、3M社は周りから「イノベーションが上手い」と言われますが、社内の研究者も作業者も営業担当者も、そんな意識は持っていないと思います。しかし、価値があることに一生懸命に取り組んでいる。価値があれば、お客様が買ってくれて、利益が上がる。3M社ではお金を見下すのではなく、1つの評価指標になっています。そうしたマインド(精神)が3M社にはあるのです。

 ただし、単にお金を儲ければよい、そのために、例えばお金を貸す事業を手掛けるといったマインドは3M社にはありません。「世の中の役に立つ価値あるものを創ろう」とみんなが考えている。そのためには知識を得て、そこから新たな商品を生み出してお客様に価値を提供する。そうすれば、それがお金に変わる。これが3M社で働く人と共通認識なのです。

 これが、1902年に誕生して以来115年もの間、市場とお客様からイノベーションと評価される商品を生み出し続けた3M社の基本的な哲学です。