ウレタン系接着剤が全てではない

──全て、いわゆる高級車です。高い品質が求められる車種ですし、構造用接着剤に関してはウレタン系接着剤で決まり、では?

若林氏:いいえ、ウレタン系接着剤が全てというわけではありません。実際、エポキシ系接着剤の実用化を考えている自動車メーカーもあります。また、反応形アクリル系接着剤を新たな提案として自動車メーカーに持ちかける接着剤メーカーもあります。

 日本ではこれまでクルマにエポキシ系接着剤を多く使ってきました。そのため安心感があるのか、構造接着にもエポキシ系接着剤を使いたいという潜在的なニーズがあるようです。エポキシ系接着剤の課題は、加熱硬化によって得られている高い性能を、いかに室温と短時間という条件で実現するかが開発のテーマになっています。

 エポキシ系接着剤は欧州も高い技術を持っているのですが、なぜか欧州の自動車メーカーは軽量化ボディーにそれを使っていません。私が推測するに、その理由は、ウレタン系接着剤の方がより簡単に短時間接着ができるからではないでしょうか。2液タイプのウレタン系接着剤を使えば、室温で短時間で硬化させることが可能です。性能はやや落ちるのですが、実用化しているということは、さまざまな試験を経ているはず。このアドバンテージは大きいでしょう。

 これに比べると、反応形アクリル系接着剤は課題解決の途上にあります。この接着剤は被着材への接着性を考慮してアクリル酸やメアタクリル酸を使う。これらの材料が硬化する段階で未反応物として残った場合が問題です。水分の多い環境では未反応物が腐食の原因になるからです。現時点ではこの問題をきちんと解決できていないため、実用化に踏み切れていないのではないかと思います。特許においては、アクリル酸やメタアクリル酸を使用しない組成が提案されていますが、実用化については情報がありません。

──では、反応形アクリル系接着剤の可能性はないのですか。

若林氏:いいえ、解決策がないわけではありません。例えば、アクリル酸とメタアクリル酸を100%反応させる触媒を見つければ、腐食の不安を解消できます。そのための開発を接着剤メーカーが進めています。

 私はエポキシ系接着剤に関する相談を多く受けます。実用化はまだですが、試作車でエポキシ系接着剤を試している自動車メーカーもあるのです。エポキシ系接着剤の相談が目立つのは、先述の通り、実績があって使い慣れているユーザーが多いからという面があると思います。ただし、従来のクルマでの使用部位はヘミング部(ドアやフードなどボディー部品の端部で、アウターパネルとインナーパネルを折り曲げた部分)などで、必ずしも短時間で硬化しなくても構いません。これに対し、軽量化のために進めるマルチマテリアル構造のボディー向け構造用接着剤は、短時間で接着できなければ作業性が悪くて使えないのです。つまり、自動車向け構造用接着剤は性能と作業性のバランスが大切ということです。

 ウレタン系接着剤に戻ると、欧州の自動車メーカーが実車に採用したということは、その背景には長期のデータの蓄積や評価があると推察されます。よほどの自信があるのでしょう。彼らに比べると、日本の自動車メーカーがどの程度の定量的な裏付けを持っているかの知見を持ちませんが、現時点ではウレタン系接着剤で行くと自信を持って言えないのではないでしょうか。

 ただし、欧州の自動車メーカーが採用しているのだから我々も、という技術の後追いでは自動車メーカーとして世界で戦えないという面もあると思います。新たな構造用接着剤の研究開発はこれからも盛んに行われることでしょう。

 このように、構造接着に関して日本の自動車メーカーがどのような方向でいくのかはまだはっきりしていません。その方針については、しっかりと情報をつかんでおくことが大切です。ただ、心配なのは欧米と比べると、日本は接着技術に関する関心が薄い技術者が目立つことです。これでは構造接着の有益な情報をうまくキャッチすることができませんし、ましてやマルチマテリアル構造のボディー設計に対応できないのではないかと心配になります。