1年で黒字化も、「できるわけない」から

トータルTPSは生産現場に限られたものではないとのことですが、とはいえ、TPSを導入することで工場の業績向上を期待する企業は多いと思います。そこで、論より証拠。TPSの効力を具体的に教えてください。TPSは有名ですが、導入が難しいという意見も少なくありません。TPSを導入する効果が十分に大きくなければ、費用対効果の面で割に合わないと考える企業もあると思います。

堀切氏:私が指導した最近の事例を紹介しましょう。従業員が400人規模の中堅企業X社で、建築資材のメーカーです。過去7~8年の間、毎年1億円の赤字を垂れ流していました。X社はこの赤字を自力では解消できず、私のところにTPSの依頼が舞い込んできたのです。結論から言えば、1年で黒字化を達成しました。

 このX社は、日本企業の典型例です。トップや部長クラスが「原価低減をせよ」と叫ぶけれど、リーダー(班長や組長クラス)や作業者にまでその意識は徹底されていない。原価低減につながる改善は稼働する工場の中で実行していかなければならないのに、日々の仕事において何をすれば原価低減になるのか、生産現場にいるリーダーも作業者も分からないという状態なのです。作業者の多くは原価とは何かすら分かっておらず、「自分たちと上(経営層)とは関係ない」と考えています。日本企業の9割近くはこうした状態だと思います。

そうした状態のX社へTPSを指導する際に、まずは何から着手するのですか。

堀切氏:X社を訪れた私は、生産現場に直行して工場評価(GBM)を開始しました。最初に評価したのは、作業者の働きぶりです。ここで、私は作業者1人ひとりの目を見ることを大切にしています。トヨタ自動車が行っているTPSであり、私が名付けたトータルTPSでは、一過性ではなく継続的な改善と成長を目指しています。そして、それを支えるのが、実際に改善活動を行う作業者の意欲や向上心なのです。それを把握するために、作業者の目を見てモチベーションの状態を観察する必要があるというわけです。

 正直に言って、作業者から意欲は感じられませんでした。作業者は与えられた仕事については一生懸命にやっています。しかし、10年も20年も同じことを淡々とこなしているのです。マンネリ化し、何も改善しないことが当たり前になっている。黒字ならそれでも構わないでしょう。しかし、7~8年も赤字が続いているのですから、何かしなければなりません。ところが、管理者は初めから諦めている。「上は改善して原価低減をしろと言うけれど、部下(作業者)に言ったってどうせできるわけがない」と。