愛知工業大学工学部教授(元トヨタ自動車)の藤村俊夫氏
愛知工業大学工学部教授(元トヨタ自動車)の藤村俊夫氏
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 ドイツVolkswagen(VW)社の排出ガス不正問題が収束を見せない。ブランドの毀損や米国や日本における販売低迷、1100万台ものリコール費用が同社に重くのしかかる。米国では、制裁金が2兆円とも5兆円とも噂されている上に集団訴訟まで起こされた。VW社の排出ガス不正問題はなぜ起きたのか。トヨタ自動車でエンジンの設計開発に従事し、ディーゼル車用触媒システム「DPNR」の開発を手掛けた経験もある愛知工業大学工学部教授の藤村俊夫氏に聞いた。(聞き手は近岡 裕)

──VW社が排出ガス不正問題を起こしました。排気量2.0Lの4気筒ディーゼルエンジン「EA189」に、排出ガス認証試験中であることを検知するソフトウエアを搭載。同試験中は浄化システムを作動させ、窒素酸化物(NOx)を低減して排出ガス規制をすり抜けた。搭載したディーゼル車は「Jetta」「Passat」「Golf」など。ところが、実走行時は排出ガス浄化システムを作動させず、同エンジンは米環境保護局(EPA)の規制に対して10~40倍のNOxをまき散らしている──というものです。VW社は、なぜこのような不正を犯したのでしょうか。

藤村氏:結論から言いましょう。排出ガス浄化よりもコストを優先した結果ではないでしょうか。

 排出ガス規制はどんどん厳しくなっており、ここ数年は特に厳しさが増しています。ディーゼルエンジンはガソリンエンジンに比べて燃費が良い半面、NOxに関しても粒子状物質(PM)に関しても低減対応が難しい。にもかかわらず、ガソリンエンジンに近い状態まで規制が強化されてきたといういきさつがあります。

 欧州では燃費優位性からディーゼル車を非常に重視し、市場でのシェアはディーゼル車が50%、ガソリン車が50%という状況になっています。かつてディーゼル車は黒煙(PMの一部)が出るということで嫌がられていましたが、欧州メーカーはそこに手を入れていきました。そして、走りはディーゼルエンジン車の方がガソリンエンジン車を上回るレベルとなり、高速走行を続けても燃費経済性が良いということで、欧州ではガソリン車と肩を並べるポジションを得ています。

 日本でも、排出ガス規制がそれほど厳しくない1990年代まではディーゼル車が販売されていました。ところが、ガソリン車と同様にディーゼルも排出ガス規制が米国、日本、欧州で強化されていきました。こうして規制が強化される中で、ディーゼル車の排出ガス規制に対応するには技術的に難易度が高くコストも掛かります。もともとディーゼル車はガソリン車よりも価格が高く、ここに排ガス浄化システムの開発費や部品コストが上乗せされれば車体価格はもっと高くなってしまう。こうした背景と、日本では走行距離があまり伸びないためディーゼルの燃費経済性が良くても元を取れないという理由から、日本からディーゼル車(乗用車)が消えていったのです。

 米国の状況はさらにディーゼル車に厳しい。それが証拠に、現在日本の大半のメーカーは米国でディーゼル車を販売していません。1980年代の初め頃まではトヨタ自動車も「カローラ」などのディーゼル車を米国向けに販売していたのですが、米国の排出ガス規制が厳しくなって「もう対応できない」と米国でのディーゼル車の販売をやめてしまったのです。

 実は、米国には平地規制だけではなく高地規制もあります。標高が千数百mといった高地でも排出ガス規制を満たさなくてはならず大変です。その上、米国は燃料の組成、すなわち品質が良くありません。セタン価も低いのです。セタン価が低いとノッキングしやすく、燃焼もあまり良くありません。こうした背景があってトヨタ自動車のディーゼル車は米国から撤退しました。他の日本メーカーもほとんど同様です。