攻撃的設計と守備的設計

──成果主義の弊害なのでしょうか。とはいえ、設計者として高い能力を身に付けている人は、優秀な管理者になる潜在能力は高いのではないでしょうか?

國井氏:経験値の問題があるかもしれません。昔は部長と言えば50歳代が多かった。ところが、ITバブルが崩壊した2001年以降は、多くの日本企業が「リストラ」という名の早期退職を実施した結果、40歳代の部長が珍しくなくなりました。若返りにより活気が出る半面、技術職では経験値の高さがものを言う面があります。経験値が乏しいと即断即決はできません。いきおい、合議制を採ることになる。会議を開いて部員みんなの意見を集めた上で判断しようとするのです。

 ちょっと極端な例を出しますが、建築分野ではどうでしょうか。日本の有名な建築家である安藤忠雄、黒川紀章、丹下健三。彼らは熟した年齢で有名になりました。果たして彼らは合議制で設計を決めるのでしょうか? 恐らくそうではないでしょう。設計にはある程度、熟練が必要だと思います。ただし、年齢が問題なのではありません。40歳代以下の部長であっても、昔の50歳代の部長並みの経験値を身に付ければよいのです。

──では、世界で戦える優秀な設計管理者と評価されるには、どのような条件が必要なのでしょうか。

國井氏:まず、部下からの質問に対してイエスかノーかを判断できることです。品質保証マネジメント・システムの国際規格であるISO9001には必須条件として設計審査(DR)が課せられています。DRの項目で「承認」もしくは「却下」と、きちんと言える力量のある人が設計管理者には必要です。

 もう1つは、「攻撃」面での戦略をしっかりと立てられることです。設計には「守備」と攻撃があります。例えば、守備の手法の1つがトラブルを未然に防ぐFMEA (Failure Mode and Effects Analysis:故障モード影響解析)です。サッカーや野球といったスポーツの試合と同様に、製造業の競争においても守備を怠れば負けてしまいます。イタリアのサッカーは伝統的に守備を固めて相手から点を奪われないようにする「カテナチオ」が得意と言われます。こうすれば負ける確率を下げることができます。

 しかし、守るだけで攻撃をしなければ勝てません。この攻撃面での戦略を立案するのが設計管理者に求められる重要な仕事なのです。競合企業の売れている製品、例えば自動車メーカーであれば現在売れているトヨタ自動車の「プリウス」の、電機メーカーであれば「iPhone」や「Galaxy」の動向を把握し、強力なライバル製品に対して攻撃を仕掛けるための戦略を設計管理者は立てなければなりません。

 ただし、攻撃を仕掛けるといっても、相手の戦略や体力、武器(特徴とする機能)などが分からなければ、自分たちの戦略は立てられません。それでは相手を知らずにリングに登るボクサーのようなもので、ボコボコにされてしまいます。そこで、Q(品質)C(コスト)D(納期/スピード)そしてPa(特許)に関する「競合分析」を行う必要があるのです。

 ところが、この競合分析を実施していない日本企業が少なくないのです。日本企業で実施しているのは自動車メーカーぐらいではないでしょうか。先述の、「何でもあり」の設計を行ってきたことが影響しているのでしょう。何でもありの設計とは、すなわち戦略がないことと同義ですから、競合分析も不要です。

 しかし、韓国企業や台湾企業、中国企業の多くは、日本企業の分析を徹底的に行っています。日本企業の製品をQCD+Paの観点で分析し、血眼になってアキレス腱(弱点)を探す。その上で、弱点を攻撃する製品を設計するための戦略を設計マネージャーが立てているのです。

 米国のベースボールでしばらく前から実施されていますが、最近では、ボールが極めて複雑にピッチ上を移動するサッカーでも、ビッグデータを使った分析や戦略立案を検討するクラブチームが出てきている時代なのですが…。

 私がある日本企業に「競合分析をしていますか?」と聞くと、「やっています」という回答でした。そこでどのような内容かと尋ねると、「速い」「美しい」「静か」「安い」といった言葉(項目)が縦(行)に並んでおり、その横に「評価」として「○」「×」「△」が並んでいました。その先には矢印が記してあり、「目標」として全ての項目に「○」が付いていたのです。

「速い  ○ → ○」
「美しい × → ○」
「静か  △ → ○」
「安い  △ → ○」

といった具合です。しかし、これでは分析とは呼べません。どこがアキレス腱かを考えないと勝つことはできないのです。

 実は、私は競合分析が専門です。クライアント企業からの依頼で、競合機のアキレス腱を探り出して攻撃を仕掛ける設計コンサルタントとして働いています。