「思想」と「優先順位」を失った結果…

──何が原因なのでしょうか。

國井氏:最大の原因は、「設計思想」と「設計の優先順位」の概念を失ってしまったからでしょう。日本の設計力は第二次世界大戦の頃は世界的にも高かったと言われています。当時の技術者は戦闘機「零式艦上戦闘機(零戦)」や「一式戦闘機(隼:はやぶさ)」、戦艦「大和」などを設計しました。そして、敗戦により米国から軍事開発や航空機の開発を禁じられた彼らは、戦闘機や戦艦で鍛えた設計力を生かして、新幹線や旅客機「YS-11」などを設計したのです。しかし、それ以降、急激に設計力が落ちていきました。善し悪しは別として、設計力は軍事産業および航空・宇宙産業が支えている面があります。しかし、日本にはそれらの産業がほぼない。

 誤解してほしくないのですが、軍事産業がないことが問題だと言っているのではありません。設計思想と設計の優先順位を失っていることが問題だと指摘しているのです。

 というのも、軍事産業では設計思想と設計の優先順位が非常に重視されるからです。例えば、「機体を軽くして旋回能力を高める。低燃費にして飛行距離も稼ぐ。半面、防弾性の低さは甘受する」といった具合です。これは零戦時代の例ですが、ステルス戦闘機のような最新機についても設計思想と設計の優先順位が重要であることは変わりがありません。

 米国に軍事産業や航空産業に関する開発を禁じられたことで、日本は設計思想と設計の優先順位の概念を奪い去られました。結果、「何でもあり」の製品を設計していくことになったのです。

 その象徴的な例がラジオカセットレコーダー(ラジカセ)。ラジオチューナーにアンプ、スピーカー、カセットテープレコーダー、そしてCDまでを加えた「合体物」です。日本の自動車メーカーが設計したコンパクトカーも、日本の楽器メーカーのピアノも非の打ち所がない。品質が良く、性能のバランスに優れていて、廉価。まさに「優等生」的な万能製品の設計。文句を付けようがありません。

 しかし、万能の裏返しとして、特徴のない設計になっている。それが証拠に、例えばプロのピアニストが好むのは米Steinway & Sons(スタインウェイ)社のピアノ。クセがあると言われますが、それでも世界的なピアニストから愛されているのです。BMW社やDaimler社のドイツ車も日本車よりも特徴が際立っています。

 確かに、何でもありの製品が受け入れられる時代もあります。しかし、経済が成長してものがあふれる時代になると、特徴のある製品が好まれるようになる。日本は「ガラケー」と呼ばれる旧来型の携帯電話機にいろいろな機能をコンパクトに詰め込んで万能化することにとらわれて、世界で突如生まれたスマートフォンの価値に気付くことに遅れた。白物家電では本来の機能から外れた“おまけ”の機能を付加していった。世間のブームに便乗して、効果が不確かなマイナスイオンを搭載した家電が流行ったこともありますよね? HEVが欧州で売れない理由として、欧州の技術者は「クルマに動力源は2つも要らない」と言います。

 これまでの何でもありの設計は通用しない。このままでは我々の設計はガラパゴス化してしまうかもしれない──。こうした危機に今、日本企業の設計者は少しずつ気がつき始めました。ところが、優等生的な製品ばかり設計してきたために、どうしていいか分からないと、多くの日本の技術者が悩んでいるのです。