本連載の「事故解析の新手法『STAMP』の概説と適用事例」で紹介したSTAMPの提唱者であるNancy Leveson氏は、成功事例に着目することでシステムの改善を目指す「Resilience Engineering(RE)」の黎明期、REの提唱者であるErik Hollnagel氏とDavid D Woods氏が編集した本[1]の1つの章を担当し、STAMPモデルをNASAのスペースシャトルプログラムの安全文化のダイナミクスに適用した結果を述べている。

 STAMPは非線形性や間接的な関係性、フィードバックを表現することができる。従来の単純な因果関係に基づく事故のモデルに比べ、複雑性で階層的な関係を的確に表すことが可能だ。STAMPでは社会技術的システムを静的なものとして扱うのではなく、目標を達成するために絶え間なく適合化し、それ自身と環境における変化に対して対応する動的なプロセスとして扱っている。

 この分析ではSTAMPにおける「組織的・文化的リスク分析」の手法が用いられ、NASAの組織における安全意識のシステムダイナミクスをフィードバックを含むシステムとしてモデル化し、その時間的な変動を分析している。この分析結果は興味深く、安全意識の時間的な変化が現実の問題を反映できる可能性を示しているが、Leveson氏はその後、REのコミュニティーとは一線を画し、STAMPを中心とした活動を行っている。

 STAMPもREも、基本的な考え方として「安全はシステムの創発的な特性である」という点では共通している。しかし、対象としているシステムの範囲が異なる。STAMPは人間を機能要素して含む複雑システムの安全を主眼に置いており、人間組織を機械論的に捉えている。これに対してREは、そのようなシステムを運用する組織自体を対象にしていると捉えることができる。本稿では、REの背景となる「Safety-II」の考え方を中心に、REとSTAMPとの違いを概観する