「子供をなめるな」と
長岐 「越境リーダーシップ」とか、銭湯の活動とか、三浦さんはいろいろなことをやっていますよね*1。でも、越境リーダーシップと銭湯の話は越境することなく分けている。どちらの社会的課題を解決しようと言っているんだから、どうせならその二つの境界を越えて、三浦さんが銭湯で越境リーダーについてのトークをすればいいんじゃないの。
三浦 実は、1度やったんですよ。一昨年に。
瀬川 え? 本当に? 銭湯に越境リーダーシップの話を聴きたい人なんているの。
三浦 そのときは、銭湯を会場に、越境リーダーシップに興味がある人を呼んだんです。でも、銭湯のお客さんに怒られましたけどね。営業時間中にやったので、風呂上がりのおじさんに「お前ら邪魔だ。話すなら外に行け」と…。
瀬川 そうだよね。やはり、ぼーっとする場なんだよ。
長岐 それがトラウマで二つを分けているんだね(笑)。
三浦 ただでさえ、「越境リーダーシップ」という言葉は分かりにくいところがあるのに、そこに「銭湯」の要素を入れるとさらに複雑になってしまいますよね(笑)。
でも、最近は銭湯に興味を持つ人たちも、いろいろな分野から入ってきています。そういう意味では、何か共通の関心事があると、領域やセクターを越えて、さまざまなリソースを持ち寄って何かを生み出せる機会にはなると思うんです。そういうテーマは、勝手に越境していくじゃないですか。
瀬川 前から聞きたいと思っていたんだけど、「越境リーダー」ではなくて、「越境リーダーシップ」なのはなぜ?
三浦 よくぞ、聞いていただきました。「越境リーダー」は人ですが、「越境リーダーシップ」は、「思いを行動に移す」という行為を指しています。「越境リーダー」というキーワードにすると、「その人がすごい」というイメージになってしまいます。僕が言いたいのは、いわゆる「特別な才能を持ったイノベーターが革新的なことを生み出す」ということではありません。特別な才能がある人ではなくても、自分の思いを実現する行動を起こせるということです。
越境リーダーシップの取り組みを進めながら、最近改めて分かったことがあります。僕が生み出したいのは「イノベーション」ではないんです。それよりも「調和」だと思っています。