特許出願で日本が他を圧倒する技術領域はいくつもある。ただし、日本の特許出願といえば、国内への出願が主であり、国外への出願件数は少なくなりがちだ。だが、例外もある。その1つが、冷陰極型電子源だ。特許出願件数は断トツで世界トップなだけでなく、国内外での出願件数の差が小さい。世界の主要国の特許出願件数で日本はほぼ1位に顔を出し、世界的な特許戦略を考える上で日本はとても優位な立場にある。だが、冷陰極型電子源の応用範囲が広がっていないのが課題だ。日本は冷陰極型電子源の技術的な優位性と技術の蓄積を生かして、冷陰極型電子源の様々な装置や製品への適用を図り、新たな機能を有する様々な装置や製品の実用化を目指す必要がある。

 電子を原子から外部に放出させる電子源は従来から、電子顕微鏡や電子線露光装置、平面型表示装置あるいはX線装置などに使用されています。電子源は、冷陰極型電子源と熱陰極型電子源があります。熱陰極型電子源は電子を放出する陰極(エミッタ)を加熱することで電子に陰極から飛び出すエネルギーを与えるものであるのに対し、冷陰極型電子源は陰極と陽極間に高電圧を印加することで電子に陰極から飛び出すエネルギーを与えるものです。冷陰極型電子源は熱陰極型の電子源に比べて、消費電力が小さいこと、小型化できること、応答速度が速いこと、放出される電子の密度が高いことなどの点により、技術的な優位性を有します。

 我が国では2000年前後に、電界放出ディスプレイ(FED)といった、冷陰極型電子源を使用した平面型表示装置の開発が活発に行われました。また、カーボンナノチューブが低電圧でも電子を放出する冷陰極型電子源となることも実証され、カーボンナノチューブの新たな用途としても注目されています。カーボンナノチューブの新用途としては世界的に期待され、中国や韓国においてもカーボンナノチューブに関する出願が多くなっています。

 このような背景の下、特許庁は「平成27年度特許出願技術動向調査」において、冷陰極型電子源に関する特許出願や論文の動向を調査し、どのような技術が我が国において蓄積されたかを明らかにするとともに、冷陰極型電子源に関する技術開発、知的財産戦略の方向性を明らかにしました(特許庁による調査レポートの概要(PDF形式)は、こちら)。本調査の概要を本稿で紹介します。

 冷陰極型電子源に関する技術俯瞰図を図1に示します。本調査では、「冷陰極型電子源」を「電界放出型」、「半導体型」、「面に垂直な電界を持つもの」、「面に平行な電界を持つもの」の型式に分類し、それに「製造方法」、「目的・課題」、「用途」の観点を組み合わせた範囲を、調査対象の技術範囲としました。

図1 技術俯瞰図
図1 技術俯瞰図
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