最近、ワクワクするような新規ビジネスや新しいコンセプトの商品の話を、日本の企業から聞くことがなくなった。「TeslaのCEOが宇宙旅行ビジネス開始!」
「Airbnbの調達額が10億ドル超え!」こんな世界的な新ビジネスの中に、日本企業の名前を見つけることはほとんどない。新しい事業に挑戦する気力と体力は、もはや残っていないのだろうか。

ビジネス開発難民の憂鬱

 AIやIoTに代表される技術の長足の進歩、超高齢社会の進展による生活スタイルの変化、環境問題やエシックス(倫理観)に関する社会通念の変容…。企業を取り巻く環境は激変している。だからこそ新事業のチャンスはあるはずだが、容易な作業ではない。今までの成功パターンが通じないだけでなく、そもそも正解といえる新事業があるのかさえ分からない。せっかく取得したMBA(経営学修士)も役に立たないし、精神論や体力だけで押し切れるほど市場は甘くない。新規事業開発、イノベーション推進、マーケティング戦略といった部門の人には、胃の痛い日々が続いている。東に「画期的なイノベーション開発手法がある」と聞けば学びに行き、西に「エッジの立った成功事例が生まれた」と知ると調査に赴くといった軽いフットワークはあるが、正解は見つからない。社内にいれば「儲かるビジネスはいつ開発できるのか」とプレッシャーを受ける。まさにビジネス開発難民だ。このままだと、楽しくてしょうがないはずのビジネス開発は、誰もやりたがらない仕事になってしまう。

事前に儲かる計算をしないで始める

 面白い経緯で新プロジェクトを立ち上げた例があるので、ここで紹介したい。読者の方は、いす−1GP(椅子ワングランプリ)という取り組みをご存知だろうか。シャッター商店街の活性化イベントとして、2010年に京都府京田辺市で始まった。今や、日本全国各地での開催に加え、本家FIグランプリ並みに海外レースもある、世界的にも耳目を集める一大イベントだ。この運営に大きく貢献しているのが、文房具大手のコクヨ。文房具だけでなく、ファニチャー事業も柱事業の一つである。洒落っ気たっぷりに、オフィス家具商品であるイスをいす−1GP用の「マシーン」として自社Webサイトで紹介しているあたり、ブランディング効果はかなり大きい。売り上げにも大きく貢献しているのではと推察できる。その発想に、企業の底力を感じるが、実はこの企画、話を聞くと、一人の社員の意地から始まったという。

 自分の扱い商品の中に椅子があったので、何気なく見かけたいす−1GPの告知記事に興味を持った若手社員がエントリーしたのが始まりだった。初参戦がボロボロの結果に終わったことで個人的に発奮。社内外の体育会系メンバーの猛者を集め、会社に黙ってチーム名を「594」として再挑戦した。ここでいきなり表彰台に上がるという快挙を成し遂げる。この時の様子が地方紙に掲載されて社内で知られることになった。

 上から呼び出されて恐る恐る事後報告をすると、「自社の名前を出すなら本気でやれ!」というお叱りとも励ましとも取れる言葉をいただいた。それならと企画書をしたため、社内プロジェクト化を目指したが、それは全く相手にされなかった。とはいえ出場はOKになったので、自力で続けることにした。そのうちに社内に仲間が増え、レースを続けるうち、とうとう自社マシーンで優勝したのだ。参戦を続けるうちに主催団体や開催各地の商店街とも関係が深まり、地域販社から「うちでも開催できないか?」と声がかかるようにまでなった。こうして実績が積みあがり、事業企画も晴れて承認され、今では堂々の正規プロジェクトとなった。

 この試み、企画書から始めていたら実現しただろうか。採算はもちろん、効果も見込めないところに予算はつかないのが普通だ。だが、上から新しいビジネスを作るように言われて、採算や効果を考えて頭をひねっても、なかなか新しいビジネスを作れるものではない。そもそも上から言われてやっているから、上が承認しそうな無難なアイデアに落ち着くことが多いのではないだろうか。それより個人の「本気」と「行動」から始まるビジネス企画のほうが有望だということをいす−1GPの例が証明している。