会社員にとって、社員食堂は、安くて、便利で、ありがたい存在だ。そんな社員食堂が近年、特にハイテク企業において、社員への食事提供の場所にとどまらず、健康促進の場、交流の場、協創の場としても活用されている。さらに、社内限定という枠を超えて、外部利用も可能な社員食堂が増えている。

 社員食堂は、会社の経営戦略、技術戦略、マーケティング戦略とも密につながっている。一見、普通の社員食堂でも、個人、会社、社会にとって、より重要性な存在として認識され始めている。そうした社員食堂でとりわけ有名なのが、レシピ本が超ベストセラーになったタニタだが、タニタと違うアプローチで、社員食堂の役割を高めている会社も存在する。大阪に本社のあるヤンマーだ。今回は、タニタとヤンマーの社員食堂に関する戦略を考察してみる。

タニタ、健康を「測る」から「つくる」へ

 「体脂肪計タニタの食堂レシピ」という本の人気で、タニタの社員食堂は、広く一般に知られるようになった。しかし、タニタの過去、そして、タニタの社員食堂のレシピはいかに生まれたのかについては、一般にはあまり知られていないようだ。

 タニタは現在、子会社のタニタ食堂を通じて、タニタ食堂というレストランを展開している。タニタ食堂では、社員食堂のヘルシーメニューを提供すると同時に、健康に対する無料アドバイスを提供するカウンセリングルームを併設。病院などで使われる高価で精密なマルチ周波数体組成計を設置して、体組成の計測ができることも特徴である。さらに、タニタは食品メーカーとの協業も実施、そのコラボ商品が通販やスーパーで販売されている。製造業のタニタがサービス業へ参入を果たしたきっかけとなっとのが、「健康を測る」から「健康をつくる」へのビジョンの切り替えである。

 もっとも、同社2代目社長の谷田大輔氏の著書「タニタはこうして世界一になった―『タニタの社員食堂』誕生秘話を交えて」(講談社)によると、同社がここに至るまでの道のりは、決して平たんではなかった。1944年に設立したタニタは、ライターやトースターなど、さまざまな物を造ってきた。そして、ようやく辿り着いたのが体重計だった。

 体重計では、常に一歩リードする技術を開発し性能と機能を高めることを意識。ただ、それにとどまらず、「体重計を売る」ビジネスから「体重を量る」ビジネス、すなわち単品売りからソリューションを提供するビジネスモデルへの転換を模索する。そして1988年、肥満の人を対象に体重を減らすための運動指導と調理指導といったサービスを提供する、日本初の肥満専門の「ベストウェイトセンター」を立ち上げた。そこでの研究活動は体脂肪計の開発に寄与したが、センターの経営は赤字が続いた。結果、同センターは1999年に閉鎖を余儀なくされる。その大切なスタッフたちに引き続き活躍できる場を提供したいと同社長の思い付きで開設したのが社員食堂だった。そこには「健康に関するビジネスを展開しているのだから、まずは社員から」という思いもあったという。そして、そうした思いが生んだのが、会社から肥満をなくすための栄養バランスに配慮した社員食堂としてのレシピ。タニタ食堂を有名にするきっかけとなったレシピである。

 タニタは、そのレシピ本のヒットを契機に、レストランの経営、食品の販売などの食ビジネスに乗り出し、本業と連動させながらビジネスを拡大している。2015年に、食や健康に対する社会の意識を高め、本業である健康計測器の潜在的な顧客層を掘り起こしたマーケティング力が評価されて、「日本マーケティング大賞」も受賞した。

 タニタのレシピ本がベストセラーとなった後、それを真似して、たくさんの社員食堂のレシピ本が出版された。しかし、形は真似ができても、ビジネス戦略の真髄を真似することはできない。そこには、戦略の基となる確固たる信念や基準、強い思いが必要だ。そこで、紹介したいのがヤンマーである。タニタと異なる社員食堂戦略を展開している注目企業である。