日ごろはバイオテクノロジーの専門誌『日経バイオテク』(1981年創刊)の編集などに携わっています河田と申します。

 先週、都内の白金台(東京・港区)にある東京大学医科学研究所の大学生協食堂でお昼を食べる機会がありました。松定食は360円(生協の組合員でないと440円)。東大医科研の生協食堂で食事をするのは3回目ぐらいですが、今回は少し格別でした。

 というのも、先日聴いた、東大医科研教授の宮野悟さんの講演で、医科研の生協食堂の話題提供があったからです。医学論文の内容の分析に、IBMの人工知能(AI)であるワトソンを使っていて、生協食堂でお昼を食べる15分から30分くらいの間に、結果が得られるとのことでした。

 筆者の前回の「記者の眼」(日経メディカルOnlineにリンクします)で、「1年に150万報もの論文が発表されるようになった。1日当たり4100報もの論文の中から、個々の人間が興味ある分野の論文を全てチェックすることは、だんだん困難になってきている」旨をお伝えしましたが、論文の分析はAIが生産性向上に寄与する対象ですね。

 宮野さんの講演は、「先端ゲノミクスによる癌の分子基盤の解明」という研究テーマで京都大学大学院医学研究科教授の小川誠司さんとともに上原賞を受賞されたことに関連して、5月31日に日本プレスセンター(東京・千代田区)で行われました。

 5月31日には小川さんも講演され、とても面白かったです。その内容はまた別の機会に紹介したいと思っています。

 5月24日に日経ホール(東京・千代田区)でJSR(旧社名:日本合成ゴム)が開催した中期経営計画発表会では、JSR社長の小柴満信さんが「AIやIoTを活用して、研究の生産性を10倍、100倍に高める」と話されました。

 論文の分析の分野もそうですが、バイオ分野と関係が深い技術革新では、クライオ電子顕微鏡(クライオ電顕)やゲノム編集技術も、ビッグデータを活用することにより効率・生産性が急速に向上しています。

 クライオ電顕は、計測の自動化により一晩で膨大なデータが蓄積されます。ゲノム編集技術では、世界中で蓄積しているゲノム情報のビックデータを検索することにより新たなツールが相次ぎ、登場しています。今年、日経バイオテクで特集記事をまとめましたので、以下に紹介します(本文の第2段落以降をご覧いただけるのは有料読者会員の方々のみです。ご容赦ください)。

日経バイオテク○2017年2月27日号特集
クライオ電子顕微鏡
難関の結晶化が不要、設備費は安い、薬剤を設計できる解像度3オングストローム超を達成

日経バイオテク○2017年5月15日号特集
ゲノム編集技術の最新動向
3000円で始められるCRISPR、有用生物の育種・改変が加速

 後者のゲノム編集の特集記事では、4ページにまとめるときに削除しましたが、ヒトの生殖補助医療についてもこれまでの実績で日本が世界で突出しています。受精卵などを対象に行うゲノム編集は、技術的には顕微授精に比べると容易です。また生殖補助医療の現場では100万円単位の費用がかかるため、ゲノム編集の実施にかかる試薬代は相対的に安くなります。

 顕微授精には高度な技術が必要とのことですが、顕微授精で卵子に注入する精子に比べると、ゲノム編集のツールであるCRISPR/Cas9などのツール(DNAやRNA、蛋白質)を受精卵に注入するのは技術的には容易とのことです。

 さて今回の記者の眼では、タカヂアスターゼやアドレナリンを発見した高峰譲吉の話題もお伝えしましょう。

 というのも、6月2日に愛知県北名古屋市で開かれた「第18回酵素応用シンポジウム」で、NPO法人高峰譲吉博士研究会副理事長の滝富夫さんの特別講演「高峰譲吉との出会い」を伺い、高峰の多くの業績を改めて認識したからです。滝さんは、学校法人滝学園の理事長やタキヒヨー名誉顧問もお務めです。

 このシンポジウムを主催したのは、日本の酵素メーカーである天野エンザイム(名古屋市中区、天野源之社長)です。天野エンザイムは再生医療分野で用いられる酵素の事業化を精力的に進めており、顕微授精に用いられる無菌酵素製剤「ヒアルロニダーゼ『アマノ』SF」を最近、商品化しました。

 高峰が19世紀末に発見したタカヂアスターゼは、消化酵素製剤として100年以上にわたり医療の現場で利用されています。消化酵素は、天野エンザイムの中核事業の1つです。