終始、慎重な口ぶりは崩さなかったが、かすかに安堵の表情が浮かんでいた――。

 2016年3月18日に東芝が開催した、2016年度事業計画説明会。登壇した代表執行役社長の室町正志氏がまず言及したのは医療機器子会社、東芝メディカルシステムズの売却契約を前日にキヤノンと交わしたことだった(関連記事1)。約6655億円の売却金額を、契約日のうちに受け取った。

 東芝メディカルを売却する意向を2015年12月に明らかにしてから、東芝は「最重要案件」(室町氏)として売却交渉を進めてきた。2015年度末の自己資本比率が2.6%に落ち込む見通しという、窮地にある同社にとって、東芝メディカルは「唯一といってよいほどの大きな資産」(同氏)。安定して収益をあげ今後の成長も見込める事業だったが、背に腹は代えられなかった。一方のキヤノンは、ヘルスケア事業の拡大に向けて、6655億円という高額の買収金額に加え、契約と同時の入金という異例の条件を受け入れた(関連記事2)。

2006年に開催された展示会の様子
2006年に開催された展示会の様子
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 東芝とキヤノン――。この2社は2000年代にある大型商品の開発で協力し、製品化を目前に頓挫するという苦い経験を共有している。「SED(エスイーディー)」と呼ばれた、テレビ向け自発光ディスプレーだ。

 液晶や有機ELをしのぐ画質を実現する“理想のディスプレー”と期待を集めたが、結局は製品化を断念。それから10年近くがたち、2社は意外な形で再び手を握り合った。

 両社はもう一つ、それぞれの将来を左右する次世代技術の共同開発を、現在進行形で進めている。「ナノインプリント・リソグラフィー」と呼ばれる半導体製造技術だ。回路パターンを掘った「型」を押し当てることによって半導体ウエハーに微細なパターンを転写する技術で、半導体の微細化を低コストで実現する手段になるとされる。

 東芝はナノインプリント・リソグラフィーを、本体に残ったほぼ唯一の大きな収益源、NANDフラッシュメモリーの競争力強化に活用する考え。3月18日の事業説明会でも、半導体畑を歩んできた室町氏はナノインプリント・リソグラフィーの将来性に言及。具体的な実用化計画は未定としながらも、「大きなコスト削減につながることから大変期待している」と話した。

 キヤノンにとっても、ナノインプリント・リソグラフィーは半導体製造装置事業の“逆転の一手”だ。同社はかつて半導体製造装置業界で大きなプレゼンスを持っていたが、「液浸露光」と呼ばれる最先端のリソグラフィー技術へ業界が移行する段階で、その流れに乗れなかった。ナノインプリント・リソグラフィー装置を実用化できれば、再び業界最先端へ躍り出られる。

 SEDの二の舞を演じることなく、「医療」と「半導体」で両社のシナジーを生み出せるか。浅からぬ縁で結ばれた2社の挑戦は続く。