今後10年で、個人が脳の健康状態を日常的にチェックするようになる。最大の目的は認知症対策だが、うつ病を原因とする企業の休職・退職者の増加を食い止めることにも役立つ。医療・健康、食品・農業分野の80テーマに関する今後10年の技術動向を見通したレポート『テクノロジー・ロードマップ 2016-2025 <医療・健康・食農編>』(日経BP社)で、「脳ビジネス」の未来動向を執筆したビジネス工房 代表取締役の緒方真一氏の予測によると、脳の健康に関するビジネス市場は、「2025年に世界で1兆2000億円と現在の10倍以上に拡大し、日本はそのうち5~15%を占める」という。

脳機能のトレーニング、その効果を測定

 世界的に高齢化が進む中、「認知症」の対策は世界の共通課題となっている。国際アルツハイマー病協会の推定では、世界の認知症患者数が2050年で1億3000万人に達すると予想されている。対策が必要な人数は、認知症予備軍を入れると2億~3億人になるという。その対策の一つとして有望視されているのが、「ICT(情報通信技術)を利用した認知症の早期発見と、脳の回復・活性化」(ビジネス工房代表取締役の緒方真一氏)である。

 脳は適切なトレーニングを行えば、一度低下した機能を回復できる「可塑性」を有するとの報告がある。こうしたことから介護施設では、認知症の予防や進行を抑制するために脳機能をトレーニングするゲームやリクレーションを導入している。米国ではインターネットを使った脳トレーニングのサービスを提供する企業もあるという。脳トレーニングによる認知症予防効果の検証はこれからだが、「今後多くのデータに基づくエビデンス(科学的根拠)が蓄積されるにつれて普及が進む」(緒方氏)と期待が高まっている。

図1 日立ハイテクノロジーズの脳活動計測装置「HOT-1000」
図1 日立ハイテクノロジーズの脳活動計測装置「HOT-1000」
近赤外光を使い前額部の血流量変化から脳活動状態をリアルタイムに計測する。頭部に装着してから約3秒で計測を開始、計測した信号はBluetooth通信でスマートフォンやタブレット端末を介して専用の解析サーバーに転送し、解析結果を端末に返信する。重量は110g、単4アルカリ乾電池2本で約90分稼働する。価格は本体のみで50万円
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 こうした脳トレーニングの効果を見る上で必須となるのが、脳の活動状態の測定である。日立ハイテクノロジーズは、脳活動データをリアルタイムで計測するウエアラブル型計測装置を製品化し、研究開発向けに2015年9月に発売した(図1)。

 脳活動の計測は脳波を検出する方法が一般的だが、信号が微弱でノイズの影響を受けやすく、特別な測定環境を整えないと必要な信号の抽出が難しいという問題があった。日立ハイテクノロジーズの計測装置は、近赤外光により脳の血流量の変化を検出する「光トポグラフィ」技術を活用することで、日常の環境下でも手軽に計測できるようになったという。脳活動の変動には個人差があるため、脳トレーニングのプログラムは個人ごとに最適化する必要がある。

 今回の計測装置を使えば「効果の有無を簡単に確認でき、アプリ開発が加速する」(同社 新事業創生本部 ブレインサイエンスビジネスユニットの谷波晃一朗氏)という。