自動車産業が大きく変わろうとしている。「EV×自動運転」が新しいモビリティービジネスを生み出そうとしているからだ。その変化は、どんな未来をもたらすのか。2018年6月に開講する「次世代モビリティービジネス研究会」(主催:日経BP総研 未来ラボ/日経Automotive)の総合プロデューサーを務める鶴原吉郎氏は、「クルマのサービス化」がヒトの移動や自動車メーカーのあり方を根本的に変えていくと指摘する。

 2018年1月8日、米国ラスベガスで開催された世界最大級の家電見本市「CES 2018」で、トヨタ自動車は画期的な発表をした。それがモビリティーサービス専用EV(電気自動車)のコンセプト車「e-Palette Concept」である(図1)。

図1:トヨタ自動車が「CES2018」で発表したサービス専用自動運転EV「e-Palette Concept」
図1:トヨタ自動車が「CES2018」で発表したサービス専用自動運転EV「e-Palette Concept」

 なぜ、このコンセプト車が画期的なのだろうか。

 それは、これまで消費者が自分で所有する「自家用車」にこだわってきたトヨタが「モビリティーサービス」の会社へ脱皮する転換点となるクルマが、このe-Paletteだからである。

 これまでトヨタは、「愛車」という呼び方に代表されるような「所有することに喜びを感じられるクルマ」にこだわってきた。ところが今回のCESではその姿勢が一変し、トヨタの目指す方向が「モビリティーサービスカンパニー」であることを明らかにした。「モノ」としてのクルマを売る会社から、「サービス」としてのクルマを提供する会社へ変わる――トヨタの豊田章男社長の発言には、そういう強い思いが込められていた。

 サービス化に踏み出すのはトヨタだけではない。2018年3月、日産自動車とディー・エヌ・エー(DeNA)は横浜・みなとみらい地区で、「Easy Ride」(図2)と呼ぶ無人運転可能な車両を使ったライドシェアサービスの実証実験を実施した。日産の公式サイトで募集した一般消費者のモニター約300組が参加するもので、一般公道で、一般消費者が参加する無人車両を使った実証実験は、これまで国内では例がなかった。

図2:日産自動車が2018年3月に実証実験を実施した自動運転ライドシェアサービス「Easy Ride」(写真:DeNA)
図2:日産自動車が2018年3月に実証実験を実施した自動運転ライドシェアサービス「Easy Ride」(写真:DeNA)

「サービス」も実験

 この実証実験の大きな特徴は、一般消費者を自動運転車に乗せただけでなく、将来の「サービス」を消費者に体験させたことだ。目的地を直接設定する以外に「やりたいこと」をテキストまたは音声で入力し、お薦めの候補地を表示させてその中から選択することを可能にした。

 例えば「パンケーキを食べたい」とスマートフォンに呼びかけると、走行ルート周辺のお薦めのパンケーキ店を案内してくれるという具合だ。さらに、こうした周辺の店舗などで使えるクーポンを用意し、それを自分のスマートフォンにダウンロードして使うことができるようにした。つまり、「移動」と「広告」、「クーポン」を組み合わせたビジネスを、この実験では実施したのである。

 現在、自動車産業は100年に一度の転換期にあるといわれている。変化のキーワードとなっているのが、「電動化」「自動化」「コネクテッド化」の3つである。しかし、これらは、いわば手段に過ぎない。本当の競争は、これらを使って、ユーザーにどのような「価値」や「経験」を提供できるかにある。世界の完成車メーカーが「サービス」に力を入れるのは、これらの新しい手段を使うことによって、「モノ」よりも「サービス」の方がユーザーにとって満足度の高い価値や経験を提供できるようになると見ているからだ。

 そして、そう考えているのは完成車メーカーだけではない。米グーグルや、米ウーバー・テクノロジーズ、そして中国のテンセントやアリババ集団といった世界の大手IT企業も、ここに巨大なビジネスチャンスがあるとみて、虎視眈々と参入の機会をうかがっているのである。

 こうした革命的な変化は、自動車の世界だけで起こっているのではない。むしろ、社会のあらゆる側面で、いま起こりつつあるといっていいだろう。最も分かりやすいのはIT産業だ。従来型の携帯電話、いわゆる「ガラケー」がスマートフォンに変わるのと同時に、携帯電話産業を構成するプレーヤーの顔ぶれは大きく様変わりした。iPhoneを発明した米アップルが新たな携帯電話業界の盟主の座に就き、韓国メーカーや中国メーカーが急速に台頭する一方で、それまで先進的な技術を誇っていた日本の携帯電話機メーカーは、急速にその存在感を失っていった。