人は、誰でも体内時計を備えている。その24時間周期のリズム「サーカディアンリズム」と実際の生活パターンのずれは、健康上の様々な問題を生じさせる。医療・健康、食品・農業分野の76テーマに関する今後10年の技術動向を見通した調査レポート「テクノロジー・ロードマップ 2017-2026 <医療・健康・食農編>」(日経BP社)で、「サーカディアンリズム」の未来動向を執筆した近畿大学医学部解剖学教授の重吉康史氏は、高齢社会の進展とともに「サーカディアンリズムを調整する住宅や商品の開発が活発になる」と予想する。

 ほとんどの生物は、体内時計(生物時計)を備えている。それがつくり出す約24時間周期のリズムを「サーカディアンリズム(概日リズム)」と呼ぶ。外界の1日の環境の変化に対してコンディションやエネルギー消費を最適化するために備えられた仕組みである。世の中が24時間動き続けることが当たり前になった現代の人間社会では、体内時計が規定する体内環境の昼夜に逆らった活動が頻繁に求められる。すなわち、社会が要請する社会的活動と体内時計が規定する活動好適時間のずれが生じるわけだ。

 このずれが睡眠不足や多大なストレスをもたらし、生活の質や生産性を低下させる。さらに、自律神経系や代謝系、免疫系に障害を与え、肥満や高血圧、うつ病、がん、アレルギー疾患、起立性調節障害、自律神経失調症をはじめとするほとんどの疾患の生成および増悪(病気がますます悪くなること)に関与する。

高齢者の体内時計を好適に保つ

 日本では高齢社会が着々と進展しており、とどめようがない。高齢者は不眠が頻発する。その原因として睡眠誘導物質としてのメラトニンの枯渇や、体内時計からの出力低下によるサーカディアンリズムの不明瞭化が報告されている。家に閉じこもりがちな高齢者は体内時計のリセットが可能な高照度光を見ることが少なく位相が不安定になる。よって、サーカディアンリズムが昼夜逆転することがあり、夜間の徘徊やせん妄(意識障害)など、介護者にとって大きな負担となる病態が生じる。高齢者のサーカディアンリズム位相をいかにして介護者にとって好適な位相に保つかは、高齢社会の大きな課題なのである。

 サーカディアンリズムの位相を最適化するには、勤務形態に加え、個人のサーカディアンリズムの性質、すなわちクロノタイプ(朝型か夜型か)や光感受性、周期などを考慮する必要がある。要請される活動時刻と各人の体内時計の特質を考慮に入れた生活パターンを確立する必要がある(図1)。

図1 サーカディアンリズムの課題解決に向けた流れ(図:筆者)(日経BP社『テクノロジー・ロードマップ 2017-2026 <医療・健康・食農編>』)
図1 サーカディアンリズムの課題解決に向けた流れ(図:筆者)(日経BP社『テクノロジー・ロードマップ 2017-2026 <医療・健康・食農編>』)
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 サーカディアンリズムの周期は、正確に24時間ではない。人間の場合、24時間よりやや長い。よって、リズムを日々前に進めなければ、位相は環境の24時間リズムに対して徐々に遅れていく。前進させるのは、朝の高照度光である。個人差はあるものの、人の場合、確実に体内時計をリセットするには5000lux以上の照度が必要である。この明るさは自然光では屋外でなければ達成できない。よって、光によってサーカディアンリズムのずれを修正するには屋外に出るか、人工的に5000luxを作り出すかのいずれかを選択するしかない。