変化は絡み合って育っていく

 まずは一つの例を見ながら、その「キッカケ」について考えてみよう。

 「温めますか?」。いまやコンビニの日常風景となった会話だが、くだんの悪友たちと麻雀に明け暮れた30年前、持ち帰りできる温かいお弁当は珍しく、コンビニはまばらだった。今となれば、電子レンジの出現とコンビニの急拡大が、大きなキッカケを担っていたということは、誰にでも説明できる。

 大げさにいえば、電子レンジは炎の利用を始めて以来100万年以上、赤外線でしか食べ物に熱を加えてこなかった人類が、マイクロ波によって加熱することを覚えた革命的変化であった。実際の歴史が語るように、それは流通や包装に革命的な変化を起こしつつ、私たちの生活を大きく変えていく。

 しかし、意外にもその登場は決してバラ色の未来を予感させるものではなかった。

 1971年に8万円台の商品が松下電器産業(現・パナソニック)から発売され、家庭への普及の第一歩を踏み出すのだが、Wikipediaによれば、当時主婦の良識を代表している雑誌と考えられていた『暮しの手帖』は「1975年から1976年にかけて特集を組み、『電子レンジ―この奇妙にして愚劣なる商品』と題した記事を掲載」、この新しい調理器具を酷評しているのである。「『電子レンジは万能調理器ではない』という認識」が消費者の間に広がっていたのだ。

 ならば、実際に影響を受けた多くの企業で、1970年代当時に製品企画を行っていた担当者が、電子レンジの持つインパクトをどれほど大きく想像できていたかどうかは疑問だ。

 問題はここにある。複雑な連鎖を繰り返して環境が少しずつ変化していく中で、それぞれの企業は、異なった時期に異なった種類、異なった大きさの影響を受けていく。Wikipediaは、「高度経済成長で暮らしが豊かになる半面、核家族化と個食に代表される、“家族が食卓を囲み、揃って食事する”文化が過去のものとなっていく過程で、簡単に料理を温められる手段へのニーズが増大」したことを、普及の一因として指摘している。

 今の私たちが、戦後不連続に変化した家族の姿と、電子レンジの普及を関連付けて語ることは、簡単なことだ。

 でも当時、生活者の変化に関心を持っていたはずの食品企業の企画者にとって、それは容易なことだったのだろうか。彼らは、いつごろ「お母さんの手を煩わさない保存食品や中食の需要拡大」を予感したのだろうか。包装メーカーの研究者は、いつごろから電子レンジの未来と自分たちの未来をつなげて考えることができたのだろう。材料を提供する化学会社の新事業企画者は、いつ自分たちに訪れる大きな事業機会に気付いたのだろう。