エネルギーサイト、今回のランキング1位は日経エレクトロニクス10月号の特集記事でした(該当記事)。パワー半導体の業界で始まりつつある構造変化を解説した力作です。これから市場が大きく伸びる見込みの耐圧600V以上のパワーデバイスで、各国の企業を巻き込んだ世界的な競争が起こるというのです。
エネルギー分野よりも半導体業界との付き合いが長い筆者は、正直「またか」という感想でした。非常に乱暴にまとめると、この市場でそれなりに強かったはずの日本企業が、M&Aで巨大化する欧米企業と、背後から迫り来る中国などの新興企業の板挟みになる構図が透けて見えるからです。これまた乱暴な話ですが、DRAMをはじめとする半導体に限らず、デジタル家電や携帯電話などでも見たことのある景色です。もちろん、今回の結果がどう転ぶかはわかりませんが、これまで通りの結末だとすると、日本企業は厳しい立場に追い込まれてしまうのかも。
このような状況から抜け出すにはどうしたらいいのでしょうか。その答えもまた、よく知られています。すなわちイノベーションを起こして、これまでになかった市場を自ら生み出すのだと。
確かにおっしゃる通りです。もっとも、このところよく頭に浮かぶのは、そう簡単にイノベーションなんて起きるのかという疑問です。最近では、イノベーションと書いて新規事業と読めそうなほど、日常的に良く聞く言葉ですが、そもそもイノベーションとは人の暮らしや働き方をガラリと変えてしまうものだったのでは。そしてそれは、本来そんなにたやすいことではないと思うのです。人間が、大きな変化に慣れ親しむには、それなりの時間が必要でしょうから。
一方で、イノベーションの「賞味期限」が次第に短くなっている気もします。成功したイノベーションの典型例としてApple社の「iPhone」を挙げても、まず異論は出ないでしょう。iPhoneを嚆矢とするスマートフォンは、人々の情報との付き合い方を根本的に変えました。問題はその後です。iPhoneのデビューからまだ10年もたっていませんが、スマートフォン市場は早くも失速が指摘されています。後から登場した「iPad」を代表とするタブレットの市場は、スマートフォンよりも早く勢いを失いました。どちらの市場でも出遅れた日本企業が指をくわえているうちに、燃え盛っていたはずの炎は早くも消えかかっているのです。
ひょっとすると、本来のイノベーションとは、滅多に現れず、捕まえられたら宝くじ級に幸運な未確認生物のような存在なのかもしれません。そして貴重な新種の数は、次第に減りつつある印象です。革新的な製品がすぐに息切れしてしまうのは、従来あったものとそこまで大差ないからでしょう。iモードからiPhoneへの移行よりも、馬から自動車への変化の方が、人々の驚きや生活への影響はよっぽど大きかったはずです。だとすると企業が目指すべきは、夢のようなイノベーション探しではなく、もっと堅実に稼ぎ続けられる定番の事業であるはずでは。
悩ましいのは、一度大きなイノベーションが起きてしまうと世の中が激しく振り回されることです。iPhoneは従来の携帯電話の生態系を破壊したばかりか、スマホ市場全体の利益の実に9割をApple社にもたらしたとの調査結果もありました(関連記事)。自動運転車や人工知能(AI)、サービスロボットや自動化工場といった来るべきイノベーションも、同様な業界再編や、富の集中を招くのかもしれません。
革新的な製品があっという間に陳腐になったり、企業や人々の貧富の差が極端に開きつつある背景には、激しすぎる市場競争がある気がしてなりません。これまで競争こそが技術や事業モデルを刷新する原動力だったのは確かです。しかし、限りある資源が、人類が享受できる富の総量を制約するのだとしたら、いつまでも勝者総取りの市場競争ばかりに頼るのが得策だとは思えません。今イノベーションが最も必要な領域は、野放図な市場とは異なる、革新的な富の創出と分配の仕組みなのかもしれません。