結局、IoTとは何だったのか。こう問い掛けるのはまだ時期尚早かもしれません。今も新聞紙面には連日この3文字が踊り、タイトルにIoTと冠した新刊書が次々に店頭に並んでいます。ただし、遠からずこの言葉が古臭くなることは、皆さんご存知の通りです。いわゆる「バズワード」に賞味期限がつきものである上、そもそもIoTという略称が持つ曖昧さが大きな理由になると考えています。よくわからない言葉ほど、話し手の都合のいいように使われて、あっという間に擦り切れてしまうからです。

 IoT、日本語で「モノのインターネット」。さまざまなモノがネットに繋がっていろいろ便利になる、というのは分かるのですが、この言葉だけからは具体的な利用シーンがなかなか思い浮かびません。かつて、ある記者に「IoTってモノがしゃべりだすことだと思うんです」と言われて腑に落ちたことがあります(関連記事)。例えば、温度計が現在の気温をしゃべると、それを聞いたエアコンが動き出す、といった風に。ただし、この表現が多くの人に分かりやすいかといえば、もう一声です。初対面の相手に「IoTとはモノがしゃべることです」と説明しても、眉をひそめられるだけになりかねません。

 ここで言いたいのは、IoTという言葉が指す用途や技術自体が時代遅れになるということではありません。2015年の年初に、IoTが示しているのは電子産業にとって何十年に一度の変化であると書きました(関連記事)。この意識は今も変わりません。日経エレクトロニクスは、センサーや人工知能、ロボット、通信、エネルギーといったIoTを支える要素技術の進歩に引き続き注目していくつもりです。

 では、こうした技術を組み合わせて何をやらせるのか。詰まるところIoTは何の役に立つのか。この疑問に一言で答えられないのが、IoTという言葉がわかりにくい最大の原因ではないでしょうか。

 その回答と言えるのが、日経エレクトロニクス最新号の特集「エレクトロニクスが人手不足を救う」です。記事が取り上げるのは、建築や警備、農業などの分野で人手不足を補うために開発が進む技術。ところが個別の事例を見ると、どれもがセンサーで現実を把握し、情報をクラウドに集め、情報の処理結果を人の作業の補助やロボットの制御に活用しています。一般的にIoTと表現されるシステムの要件を満たしているのです。つまりIoTとは、人手不足を解消する技術、あるいは人の代わりをする技術と言ってしまっていいのでは。
 
 実際、先述したIoTの要素技術は人間の構成要素とよく似ています。五感からの入力を脳に集めて処理し、次なる行動につなげるのが人だとすると、これらに対応する機能をエレクトロニクス技術の力でネットワーク上に分散させたシステムがIoTと見なせます。そもそも現実世界の諸問題に最も効率よく対処してきた存在こそ人間ですから、IoTの一番のお手本になるのは当然でしょう。そして、日本を筆頭に多くの国がこれから迎える最大級の難問が人手不足なのです。

 実は、この特集にはIoTという言葉は出てきません。と書こうと思い、記事を検索してみたところ、残念ながら何回か登場していました。ただし、取材に対応してくれた方々の部署名としてだけです。雑誌の発行に先立ち、特集のタイトルに「IoT」と入れてみたら、とさりげなく提案してみましたが、担当記者にあっさり断られました。記者の意識の中では既にIoTは過ぎ去った言葉のようです。

 人間型など複雑な機構を持つロボットの制御技術の一人者、アスラテックの吉崎 航氏にインタビューしたとき、本当にロボットが普及した社会ではロボットという言葉は消えると言われました(関連記事)。IoTという言葉が輝きを失いつつあるのは、それだけ普及が進んでいる証拠なのかもしれません。