我輩は下痢である。いきなり尾籠な話題で申し訳ないが、本件を語るに当たって避けては通れない一点なので、どうかご容赦いただきたい。

 我輩は下痢である。そう宣言せずにいられないほど、長年にわたって私のお腹は壊れ続けて来た。それが異常だと気がついたのはつい最近である。ある朝突如として、すっかり忘れていた固い物体、健康な時にはバナナの色や形と評されるそれが、忽然と姿を現したのである。

 理由は明らかだった。遡ること数日、私は都内の病院でうら若き女医の指示を受けていた。「朝晩忘れずに、一週間飲んでくださいね」「あの、お酒は?」「暴飲しなければ大丈夫ですよ」。事態が急変したのは、薬を受け取る窓口でである。「お酒は控えてください」「えっ、先生は、いいって言ってましたけど」「そうですか。でしたら、最終的にはご自身の判断ですけど、やっぱり飲まないほうが無難ですね」。半世紀にわたって酷使してきた身体のためを思えば、どちらを選ぶべきかは自明であろう。そもそも、胃の中に見つかったピロリ菌を撲滅するための措置である。一度の投薬で済まない場合もあるというから、万全を期すしかあるまい。2日とおかず続けてきた飲酒の習慣は、かくして唐突に途絶えた。

 効果てきめんとはこのことである。毎朝のそれは、固いだけでなく、切れまで良くなった。紙資源の浪費を抑えて地球温暖化の進行に歯止めをかけたばかりか、某社のCMでお笑い芸人が繰り出す「ゲリポーテーション」の妙技を羨むこともなくなった。

 もちろん、仮説の検証を忘れては理系出身の名が廃る。ちょうど薬を飲み終える頃に飛び込んできた出張で、清水の舞台から飛び降りてみた。1杯くらいはいいだろうとグラスを傾けたビールは、時限爆弾と化して腹の奥底に潜り込み、翌朝炸裂した。現出した惨事は、あえて口にすまい。

 体調には、人一倍気を遣ってきたつもりである。大病の兆候は体重の変化に現れるはずと仮説を立て、毎朝体重を測り始めたのは、今調べたら5年近く前になる。まだスマホと連動する体重計はなく(あったかもしれないが予算がなく)、測定結果を自分で表計算アプリに入力する「人力ビッグデータ」であった。最近の言葉で言えば、自分で自分をセンシングするIoTといったところか。

 その後のApple Watchの導入で、今では私の脈拍や活動量や睡眠状態まで、常時何者かの監視下にある。残念ながら、こうした指標からは一切異常を検知できなかった。今回の偶然がなければ、何も知らぬまま、一生を終えていたかもしれない。