前回のコラムを書いた2週間前の時点で台湾Hon Hai Precision Industry社〔鴻海精密工業、通称:Foxconn(フォックスコン)〕とシャープの買収交渉の期限は2016年2月29日に切られていたのだが、この原稿を書いている段階でなお合意に至っていない。ただ、両社のお膝元である日本と台湾では、合意は単なる時間の問題だとして、シャープがフォックスコン傘下に入ることを前提に様々な報道がなされている。とりわけ日本では、今回の一件で初めてフォックスコンを知ったという人も少なくないため、主婦層をターゲットにしたワイドショーまでが同社や創業トップの郭台銘董事長のことを取り上げていると聞いた。

 そうしたワイドショーやゴシップ系のネットメディアで取り上げられる切り口で割に目立つものの一つに、「フォックスコンのようなブラック企業の傘下に入ってシャープは大丈夫なのか」というものがある。それら報道がブラック企業と呼ぶ根拠にしているのが、2011年、フォックスコンの中国工場で若い工員が3カ月余りの間に10数人、工場や社員寮屋上から立て続けに飛び降り自殺を図ったことを指している。

 確かに尋常なことだとは言えない。そしてこの事件をきっかけに、1つの工場に最大時で40万人もの工員が働いているという一種異様な状況や、工員たちは毎日休み無く15時間も働き数カ月分の給料を貯めてようやく自分たちの作っている米Apple社のスマートフォン「iPhone」やタブレット端末「iPad」が買えるという低賃金が広く知られることになり、フォックスコンは「血と汗の工場」というありがたくない異名を付けられることになった。

 しかしその後、フォックスコンはEMS(電子機器受託製造サービス)業界で率先して賃金引き上げを図るなどして待遇改善に努めてきた。中国全体の賃金水準が大きく底上げされたということもあるが、事件当時、4~5カ月分の給料が必要だったiPhoneも、今では前年の型落ちモデルであれば、1カ月分で多少おつりが来るほどにはなった。