というのも、東京五輪より1つ前の1960(昭和35)年ローマ大会において、スタジアムのアンツーカは日本国内のものよりスパイクのかかりがよく走りやすかったと、帰国した多くの選手が圧倒的な違いを口々に証言したのです。

 そのため奥氏は周囲から「4年後の東京五輪でローマを超える記録が出なければ日本の恥だ」と追い詰められ、欧州のアンツーカの輸入を迫られたり、一方でローマより性能のよいアンツーカが当然できるはずだと脅迫にも似た期待をかけられたり、計り知れない重圧に苦しめられたそうです。奥氏はその後、東京五輪の直前に過労で倒れ、自分で造った会場で観戦することはおろか、二度と立ち上がることもできず、その心労は察するに余りあるものでした。

 一般に走りやすいトラックとは、スパイクを打ち込んでも崩れず、その反力で選手を前に推し進めてくれるような、微粒子から粗粒子までが一様に混ざり合った表土であることが業界の常識でした。

 土系の舗装材の性能は、粒度分析により予測できます。これは材料をふるい分けて土やアンツーカの粒子の大きさと分布を調べるもので、経験を積めばこの分析だけで性能を予測できるようになるそうです。理屈は単純で、

* 微粒分が多いと水はけは悪いが、締まりやすいので記録が出る

* 粗粒分が多いと水はけは良いが、締まりが悪く記録を出せない

ということだそうです。

 しかし、日本選手に大好評だったローマのアンツーカのサンプルを分析してみると、砂分が異常に多く(微粒分が少なく、砂粒ほどの粒径が多い)、ちょうど粗目の砂を一すくいしたような状態でした。言ってみれば砂の上を走るのと同じで、記録が出ないはずなのに、実際には理屈に反してなぜかとても走りやすいトラックだったというのです。