砲丸:重心位置が「投げやすさ」を左右

 陸上競技では、距離の短いものから先に書くという決まりがあるそうです。それに従って、砲丸投げから始めます。

 日本語には「砲丸投げ」と訳されていますが、英語の呼称では「shot put」です。動詞が「throw」ではなく「put」であることからもお分かりになるように、砲丸の重さへうまく対応するためには投げてはいけませんし、ルールでも禁止されています。砲丸はあごや首、その近辺に押し付けた状態から、前方へまさに“押し出す”形になります。他の種目と比べて、投てき動作は大きく異なり、投げたものの速度は小さく、一方で運動エネルギーは極めて大きくなります(図1)。

図1 スポーツで“投げるもの”の初速度と運動エネルギー
図1 スポーツで“投げるもの”の初速度と運動エネルギー
元図出所:東昭「スポーツの中の流体力学」図3、⽇本機械学会誌1992年11⽉号、宇治橋貞幸「スポーツ工学講義資料」(東京工業大学)所収
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 投てきスペースは、直径2.135メートル(7フィート)の円(サークル)内と決められています。円中心をかなめとする、34.92度の扇形の内側の地面に落下したものだけが有効な試技となり、それ以外の場所または線上に落ちた投擲は記録なし(ファウル)となります。昔の投てきスペースは方形だったといいますが、1867年に米国で行われた大会以来、現在のような円形になったそうです。

 男子の砲丸の重さは7.26kg以上と決まっています。この中途半端な数字は、ルールがポンドであるためです(16ポンド)。近代陸上競技の起源は、イギリスとフランスの対抗戦であったため、長さや距離はメートルで一部がインチ/フィート/ヤード(ハードル)、重さはポンドと決め、折り合いをつけたそうです。砲丸投げはもともと、15ポンドのキャノン砲の球を投げ合ったのが始まりである、と以前聞いた覚えがあります。

 取材に伺ったニシ・スポーツで、筆者は砲丸の現物に生まれて初めて触れました。冷たくて、大きさはそんな大きくないのに、両手のひらで受けても、10センチも手が下方に沈むほどずしっと響く手応えでした。ぎっくり腰になりそうで、構えの姿勢もやってはみられませんでしたが、思っていたよりもずっと多くの体力を必要とすることが、持つだけでも実感できました。

 砲丸は真球であり、鉄で出来ています。鉄であることは昔も今も同じですが1985以前は欧州製が主流で、さび止め塗装を施してあるだけの雑な物でした。いくつかの工学的技術の進歩が砲丸に変化を与え、アスリートのパフォーマンスに貢献できたといいますが、主なものは重心の位置です。

 砲丸投げのルールには、重心位置の規定はありません。しかし重心が偏ると、重たい部分が加速しにくく遅れがちになり、いつでも同じ形で球が手から離れるという安定した投げ方ができなくなります。力を逃がさないという点でも、重心は中央に置く方がよいとされます。砲丸を作る名人は、さすがに持つだけで重心の位置が分かるのだそうです。