少子化の影響を受けているはずの高等学校で、部員数が多い主要な運動クラブの中でも、最近部員数が大きく増加しているところが2つあります。1つはサッカーですが、もう1つは何だと思いますか?

 答えは、陸上部です。陸上部の部員がなぜ増えているのでしょう?

・ゆるい
・他人に合わせず一人で、時間も場所もマイペースで練習できる
・ラグビーのようなチーム競技と異なり、人数不足の問題がない
・部の存続が安定かつ強固
・身一つで行う競技が多く手間がかからない
・専門的な指導者が必要ない

など、他者とのコミュニケーションが不得意だったり面倒だったりする“スマホ世代”の気質に合っている競技といえるのかもしれません。

* 全国高等学校体育連盟の「加盟登録情報」で、登録者数が上位10位までのクラブのうち、2009年から2015年にかけて10%以上登録者が増加したクラブ。

 加えて最近は、サニブラウン(Abdul Hakim Sani Brown)君や桐生祥秀君など、世界に通用する可能性を秘めた若いアスリートが台頭してきました。日本人が弱いとされてきたイメージが払拭され、魅力的な種目に変わりつつある印象です。

 さて、前大学教員時代の同僚に、過去真剣に陸上選手を目指していた名誉教授がおりました。教授の誇りは、42.195kmを2時間30分で走った経験でした。同僚がフルマラソンを3時間で完走し、“サブスリー”を達成した、と得意満面で話している横から「どうして3時間もかけて走れるのか不思議でしかたがない」と言い放ったのが語り草になっているほどです。今でも、週に数回10kmを走る、あっぱれシニア世代の代表であり、自他が認める1964年の東京五輪ファンです。その名誉教授から、1冊の本を紹介されました。

 今も昔も、オリンピックの花形種目の中では、「世界最速の男」の称号が与えられる陸上男子100m走決勝は頂点に位置すると思いますが、1964年東京五輪でそのスターターを務められた、佐々木吉蔵氏のご著書「よ~いどん スターター30年」です。

 佐々木氏は、当時在職していた文科省の職を辞して陸上界に転じ、やがて日本人初の名スターターといわれるようになった方です。「自分の半生は、全選手をフライングなしにスタートさせるこの一瞬のピストルのためにあった」と語る同氏の業績に感銘を受けました。直弟子の中で唯一ご健在でいらっしゃる野崎忠信氏を取材し、「オリンピック今昔」をテーマに執筆しようと思っております。

 このようなわけで、今回から陸上競技の魅力を工学的なアプローチで探ってみようと思います。