衝撃の継続時間を計測する理由

 ヘルメットは、外形を形成するFRP(繊維強化樹脂)製のシェル(帽体)と、発泡スチロールを主としたライナーと呼ばれる緩衝材で構成されています。シェルの機能は形状を保持し、衝撃による荷重を分散することにあり、高いレベルの衝撃に対しては自ら破壊することによりエネルギーを吸収します。ライナーは、シェルによって分散された衝撃エネルギーを、不可逆的な圧縮変形により吸収する機能を持ちます。

 しかし、ライナーは限界を超えた圧縮を受けると、いわゆる底付き現象を起こして衝撃加速度の急上昇を招いてしまいます。底付き現象が発生するメカニズムは、空気を含んだ発泡性ビーズが潰れてエアクッションがなくなることです。

 ヘルメットの試験の規定について、JISと海外の例を表1に示します。日本の規格は海外の基準を参照にしてつくられていますが、許容衝撃レベル、つまり一定以上の衝撃加速度の継続時間を計測するところに特徴があります。

表1 乗車用ヘルメットの安全基準
データ出所:宇治橋貞幸「衝撃を受けるヘルメットの頭部保護性能」表1、自動車研究、2000年7月、宇治橋貞幸「スポーツ工学講義資料」(東京工業大学)所収
基 準JIS T 8133:2015UN/ECE
ヘッドフォーム質量4.1, 4.7, 5.6kg
(サイズ:54, 57, 60cm)
質量3.1, 4.1, 4.7, 5.6, 6.2kg
(サイズ:50, 54, 57, 60, 62cm)
落下速度[1]7.0m/s (高さ2.5m)
[2]5.0m/s(高さ1.28m)
(同一個所に対して試験)
7.5m/s(高さ:2.87m)
アンビル平面形および半球形平面形およびカーブストーン(縁石)形
加 速 度1470m/s2{150G}以上の応答6ms以下
2940m/s2(300G)以下
275G以下
HIC指標2400以下

 継続時間を測ることの根拠は、衝撃を受ける頭部の耐性曲線WSTC(Wayne State Tolerance Curve)に基づいています(図3)。この曲線の下側が安全領域、上側は生命の危険がある領域とされます。ヘルメットの安全基準、頭部保護性能はこのWSTCの下側に収まることを要件として規定しています。

図3 頭部の耐性曲線WSTC
図3 頭部の耐性曲線WSTC
元図出所:Patrick, L.M.、Lissner, H.R.、Gurdjian, E.S.「Survival by design: head protection」、7th Stapp Car Crash Conference、1963年、宇治橋貞幸「スポーツ工学講義資料」(東京工業大学)所収
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 頭部衝撃の危険性を定量化する試みは1960年に始まり、それが危険性を平均衝撃加速度と衝撃の持続時間で定義することでした。この曲線は、過去の貴重な実験データから求められたものです。

 このWSTCは、縦軸に加速度の平均値、横軸にはその持続時間を取って描いた曲線です。といえば簡単ですが、実際に計測される加速度は時間とともに複雑に変化する波形であり、そこから加速度の平均値と持続時間を求めることは容易ではありません。無理に求めたとしてもその値が本当に妥当といえるのか、曖昧さが生じてしまいます。そこで、加速度波形を時間で積分し、その結果の数値の大きさで評価する方法が利用されています。計測された波形を下記のような一種の実験式により積分し、その値が1000のときに曲線上にある、と考えます(ただし全時刻領域にわたって近似できるわけではありません)。

図4 ヘルメットの安全性に関する積分型指標
図4 ヘルメットの安全性に関する積分型指標
HICのt1とt2は、HICが最大となるように決める。数式出所:Gadd, C.W.「Criteria for injury potential」、Impact Acceleration Stress 977、141–145、1962年ならびに Versace, J.「A review of the severity index」、15th Stapp Car Crash Conference、1971年、宇治橋貞幸「スポーツ工学講義資料」(東京工業大学)所収
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 自動車の歩行者保護の話題に出てくる頭部傷害値(HIC)という指標も、このWSTCに根拠があります。歩行者の頭部が自動車のボンネットやフロントウィンドウなどに衝突したことを想定して、大人または子供の頭部を模擬したダミー(頭部インパクター)を試験機から発射し、ボンネットなどに衝突させます。そのときに頭部インパクターが受ける衝撃を測定し、HICとして評価しています。