「だったらいいじゃないか」という考えもあります

 神鋼、三菱マテ、東レは顧客と約束したのと異なる検査方法や仕様の製品を出荷していました。これ自体は契約違反ではありますが、法令違反ではありません。また、一連のデータ偽装が原因で最終製品の品質に大きな問題が出た事例はこれまでのところ見つかってません。

 また安全の問題が発覚せず、顧客と合意していればデータ偽装があっても非開示でよいという東レや三菱マテの方針は、日本経済団体連合会(経団連)も追認しています。経団連は2017年12月4日に日本国内のメーカー約1300社に対し、品質データ偽装に関する社内調査を要請していましたが、この調査結果について経団連会長で東レ相談役の榊原定征氏が、安全性に問題がなかったり顧客との交渉で解決したりしたケースは「公表の必要なし」とする見解を示したのです。

 「だったらいいじゃないか」という考えもあります。慣習的に法令違反を犯していたり、やむを得ずデータ偽装をして出荷していたりした現場の本音は、もしかしたらそうかもしれません。日経ものづくりではこの問題を受けて、2017年12月号「品質クライシス」、18年1月号「日本品質、復活への道」と2号連続で特集を組んだのですが、その取材の過程でもこうした意見はしばしば耳にしました。

日経ものづくり12月号 特集1:品質クライシス
日経ものづくり1月号 特集1:日本品質、復活への道

 しかしなぁと私は思うのです。西川社長や日覚社長は現場を慮り、これ以上の混乱を避けかったのかもしれません。だからといってトップの口から公にああいう無責任ともとられかねない発言が出てもよいのでしょうか。現場の課題の公表を拒み、現場に責任を押し付ける姿勢からは図らずも、経営陣の現場軽視の本音が出てしまったようにも感じられるのです。

 日産、SUBARUの問題と、神鋼、三菱マテ、東レの問題は、構造も本質も異なる、両者を一緒に論じるのはいかがなものかという意見もあります。しかし我々は取材を通じて、この二つの問題の根にある原因は共通していると考えています。長く続く国内のデフレーション環境と、中国をはじめとする新興国企業を相手にした苛烈なグローバル競争。そのために多くの国内工場では長らく新規投資が絞られた状態になっています。ギリギリのコストダウンを求められる中で、現場は「カイゼン」だけを武器に戦ってきた状況でした。その歪みがいよいよせきを切り始めたのが、今回の「品質問題」ではないかと思うのです。

 「貧すれば鈍す」。今回の特集記事と連動して、日経ものづくり1月号の巻頭インタビュー「挑戦者」にご登場いただいた、日本科学技術連盟会長でコマツ相談役の坂根正弘氏の言葉です。坂根氏も、利益を追い求めるあまり、現場を軽視し、品質を顧みない姿勢になっている経営者が国内の製造業に増えていると懸念されています。

 800億円の赤字を計上し、瀕死の状態にあったコマツを立て直し、300億円を超える営業黒字を達成するまでV字回復させた経営手腕で知られる坂根氏ですが、一方で徹底した現場主義の人物でもあります。インタビューの中で坂根氏は、無駄な事業を整理して間接業務を圧縮し、国内工場への投資を復活させたのが、V字回復を可能にした原動力だったと説き、同じことをやれば日本の製造企業の多くが、ものづくりの底力を発揮できるはずだと力説されています。

日経ものづくり 1月号:挑戦者「品質問題の原因は、トップの意識不足」