これまで民間企業にとって身近とはいえなかった「宇宙産業」が、大きく変化し始めている。日本政府は、国の公共事業だった宇宙産業を、国際競争力のある1大産業に生まれ変わらせるべく「宇宙産業ビジョン2030」を2017年5月に策定した。将来の展望、国内における現状の課題とその対応策について、内閣府 宇宙開発戦略推進事務局 参事官の高倉秀和氏に話を聞いた。

―― 宇宙産業をめぐる環境が大きく変わっています。

内閣府 宇宙開発戦略推進事務局 参事官の高倉秀和氏。
内閣府 宇宙開発戦略推進事務局 参事官の高倉秀和氏。
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 民間企業が宇宙を利用するビジネスが、ここにきて現実味を増しています。これまで全く宇宙とは縁もゆかりもなかった企業やベンチャー企業が、宇宙から得られる“資源”(データ)から様々な恩恵を受けられるようになったり、自ら宇宙を利用するビジネスに乗り出したりする動きが出てきています。

 ビジネスモデルも変わってきました。例えば米国では、小型の通信衛星を低軌道上に数百基打ち上げて「衛星コンステレーション*1」を作る構想を、衛星通信ベンチャーの米OneWeb社が掲げています。この衛星通信網が実現すれば、途上国を含む世界中に高速なブロードバンド通信を提供できるようになります。

*1 人工衛星を軌道上に多数打ち上げて協調動作させる運用方式。通信や放送などの衛星サービスを世界規模で展開できる。現在稼働しているシステムとして、GPSや衛星電話サービス「イリジウム」、複数の異なる衛星に搭載する多様なセンサーで同一地点を観測する「A-Train」などがある。

―― 同社に約10億米ドルを出資したソフトバンクの孫正義氏は、「この衛星通信網が、光ファイバーやLTEのような地上の通信網よりも高速な通信環境を効率的に整備する通信革命を起こす」と期待しています。

 そうですね。このようなビジネスモデルを実現する背景にあるのが、2つの技術革新です。第1に、衛星機器の「ダウンサイジング」です。例えば東大発ベンチャーのアクセルスペースは、大きさ約60×60×80cm、重さ約100kgと超小型な観測衛星の打ち上げと運用を計画しています。人工衛星の打ち上げコストは重さに依存するので、数トンという規模の従来の衛星と比べれば、数桁単位で大幅にコストを削減できるわけです。

東大発宇宙ベンチャーのアクセルスペースが打ち上げを予定している超小型観測衛星「GRUS」。(図:アクセルスペース)
東大発宇宙ベンチャーのアクセルスペースが打ち上げを予定している超小型観測衛星「GRUS」。(図:アクセルスペース)
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 小型でも信頼性の高い衛星を安価で大量に作れるようになれば、OneWeb社が掲げるような多数の衛星から成るコンステレーション構想も夢物語ではなくなってきます。その結果として、多くの人が衛星を当たり前に利用できるようになるのです。

 さらに重要な技術が、この数年で発展してきたAI(人工知能)やIoT(Internet of Things、モノのインターネット)、ビッグデータ解析などの情報技術です。その中で最も期待できるのが画像認識です。例えば、小型の観測衛星から得られる大量の衛星画像に、深層学習などの最新のAI技術を適用することで、いろいろなことが可能になります。これまでは、地上の様子を衛星で見ることはあまりビジネスには結びついておらず、気象観測や災害時の情報収集など限定的な分野だけで使われてきました。

 一方で、米国では例えば、衛星画像から石油の備蓄量を予測し、原油先物取引に有益な情報として提供する事業を米Orbital Insight社が手掛けています。地上で起きていることがこれまで以上に“よく見える”ことで、新たな価値を生み出せるようになるのです。

米Orbital Insight社は、衛星画像から地上の経済活動を推測するサービスを提供している。タンクの壁の影の大きさで原油残量を解析(左)、駐車車両のカウント(右)。(図:Orbital Insight社)
米Orbital Insight社は、衛星画像から地上の経済活動を推測するサービスを提供している。タンクの壁の影の大きさで原油残量を解析(左)、駐車車両のカウント(右)。(図:Orbital Insight社)