「勝つこと」と「競技の価値を高めること」はイコールではない

―― 明確なビジョンを制定したことで、協会として進むべき道筋が見えたのですね。

松崎 はい。言葉に落とし込んだことで、以前は“なんとなく”や“ついでに”行っていた健常者向けの普及活動も“やるべき”だからやるようになりました。日本ブラインドサッカー協会では、小学校向けのプログラム「スポ育」や、企業向けの研修プログラム「OFF TIME Biz」といった事業を展開していますが、それらがマジョリティーに対する活動に当たります。ただ、以前はこうした活動は批判されることもありました。

企業向けの研修プログラム「OFF TIME Biz」の様子(写真:日本ブラインドサッカー協会)
企業向けの研修プログラム「OFF TIME Biz」の様子(写真:日本ブラインドサッカー協会)
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―― どのような批判でしょうか。

松崎 「視覚障がい者のための協会である我々が、なぜ目が見える人に対してリソースを割くのか」「そんなことよりも強化に力を注いだ方がいいのではないか」といったようなものでした。

 言いたいことは分かりますが、私たちは「ただ勝てばいい」とは考えていません。日本代表が勝つことによって視覚障がい者の雇用率が上昇したり、彼らが社会で生きる上での公平性が高まるかというと、必ずしもそうではありません。今は2020年の東京パラリンピックが目前に迫っているので多少状況は異なりますが、勝てばスポンサーが増えるということも、当時はなかなかありませんでした。

 つまり、試合に勝つことと、資金調達や普及、競技の価値を高めることの間には溝があったんです。しっかりとビジョンを策定し、事業を設計し、それぞれの間に橋を架けていかないと、将来的な発展はないと考えたのです。実際、ビジョンを明確にしたことで、こうした議論も起こらなくなっていきました。

価値提供で「事業」と「普及」が進展

―― スポ育やOFF TIME Bizは、サービスを受ける側にはどのような効果があるのでしょうか。

松崎 私たちはそれらの事業を「ダイバーシティ教育プログラム」として位置付けています。ブラインドサッカーを体験することでコミュニケーションスキルやチームビルディング、リーダーシップ、ボランティア精神などを養い、同時に障がい者理解を深めるという効果があります。

 おかげさまで今では多くの学校や企業から問い合わせをいただくようになっていますが、かつて「体験会」と称して小学校を回っていたときはなかなか理解を得られないこともありました。というのも、当時は「ブラインドサッカーを体験すること」が前提にあり、「教育上役に立つ」ということを前面に出しておらず、実際に体験いただいたある小学校の先生から「“体験会”という言い方、やり方では、役に立つことが伝わらない。学校教育の文脈に合わせて展開した方がいい」と指摘されました。

 だから現在では「ブラインドサッカーを知ってください」とは、全く言っていません。あくまでも教育やビジネスに役立つワークショップであり、その副産物として、ブラインドサッカーの普及があると考えています。

 今は2020年に向けてブラインドサッカーの注目度も高まっていますから純粋にブラインドサッカーを体験したいというニーズも多少あります。しかし、基本的には「教育や企業研修の制度設計の中のこの部分で活用したい」というニーズを持ってお申し込みいただいています。我々としても、そういう形で関わる方が効果につながりやすいですし、学校や企業のパーツの一部として使っていただくという方が、2020年以降も続いていくだろうと考えています。

―― 一般の方に競技を体験してもらう場合、普及が先に来てビジネス的な観点が欠けてしまいがちですが、「学校や企業のパーツの一部として使ってもらう」という言葉は新鮮に感じます。

松崎 やはり、こちらから価値提供をしないとヒト・モノ・カネは動きませんからね。以前は「私たちは頑張りますので、先にお世話をしてください」という形で動いていましたが、そのスタイルを変更したことで事業がうまく回り始めました。

200社アプローチしてアポ3社

―― スタイルを変更したことは、協賛企業を集める上でも役立ったのでしょうか。

松崎 はい、大いに効果を発揮しています。

 現在、日本ブラインドサッカー協会には12社のパートナーをはじめ、30社ほどの協賛企業についていただいています。かつては自分たちがどういう価値を企業側に提供できるかをきちんと説明できておらず、「日本代表は頑張っているので応援してください」「遠征費が足りないので協力してください」というようなスタイルで企業を回っていました。

 しかし、それでは企業側も協力することはできません。実際、2008年頃は200社ほどにアプローチをかけても、アポイントを取れるのは3社ほど。そのうちの2社は1度お会いしただけで終わってしまい、残りの1社はただお茶を飲むお友達のようになってしまいました(笑)。でも今は、「混ざり合う社会の実現」という明確なビジョンがあるので、日本代表が活躍することや、スポ育や企業研修を実施することで、その目標に近づけるということをしっかりと説明できるようになりました。

 こうしたことを説明できるようになると、数あるパラリンピック競技の中でもブラインドサッカーを応援していただくと、地域社会や企業の中で多様性の推進につながることが、はっきりと理解していただけるんです。