スポーツの3大要素である「観る」「する」「支える」を目的とした観光である、「スポーツツーリズム」が盛り上がりを見せている。もちろん、2019年の「ラグビーワールドカップ2019」、2020年の「東京オリンピック・パラリンピック(オリパラ)」、そして2021年の「ワールドマスターズゲームズ2021関西」という国際的なイベントの3年連続開催が要因の一つだが、各地で開催されるマラソンやトライアスロンなどの大会に参加する人たちを取り込んだ観光も活発化している。一般社団法人日本スポーツツーリズム推進機構(JSTA)会長で早稲田大学教授の原田宗彦氏に、国内のスポーツツーリズムの現状や今後の発展に向けての課題を聞いた1。(聞き手:内田 泰=日経 xTECH)
19年秋のキャンピングカーの予約完売
いよいよラグビーワールドカップ、東京オリパラなどビッグイベントが近づいてきました。こうした国際イベントが国内のスポーツツーリズムにもたらす影響をどう見ていますか。
原田 スポーツツーリズムの本質は「来る理由」を作ることです。人間は何らかの目的がないと動きません。この3つのイベントで、世界のスポーツツーリストに日本に来る理由を提供することは大きな意味があります。
スポーツツーリストは、一般の観光客より現地に長く滞在してたくさんのお金を落とします。例えば、ラグビーファンの場合は、一般の外国人観光客の4倍ものお金を使います。彼らの平均年収が高く、長期間滞在して2~3試合を見て帰るからです。ラグビー強豪国のニュージーランドやオーストラリアのファンは、自国のチームが決勝トーナメントに進出することを確信しているので、4年1度のイベントのためにお金を貯めて長期滞在するのです。
面白い話があります。既に、2019年のワールドカップ期間中は、国内のキャンピングカーの予約が全部埋まっているそうです。また、ラグビーファンはとにかくビールを良く飲みます。「ホテルの向かいのコンビニからは、すぐにビールがなくなる」と言われています。試合会場の1つがある福岡市では、「町の飲食店では飲み放題を絶対にやってはいけない」という注意喚起が行われるようです。
東京オリンピックやマスターズゲームズの経済効果はどうでしょうか。
原田 東京観光を目的に来る人は、オリンピックの時期を避けるので、一時的に来訪者は減るでしょう。ただし、ロンドン五輪のケースを見ると観戦目的の人の消費金額は通常の2倍です。つまり、総数は落ち込むけれど消費金額はさほど変わらないか、上回るでしょう。ラグビーワールドカップは12都市で開催するので経済効果は全国的ですが、オリンピックに来る人が他の地域を観光していくかどうかは疑問に思います。
21年のマスターズゲームズ関西では、海外から2万人、国内から3万人が参加すると見られています。ただし、誰でも参加できるこの大会は、予選がないので数が読めません。一方で、選手村がないので、現地に宿泊してお金を落とします。
弓道×お茶×金沢
日本のスポーツツーリズムにとって、来年からの「ゴールデン・スポーツイヤーズ」の3年間は起爆剤になるのでしょうか。
原田 実は、スポーツツーリズムの観点からは、ゴールデン・スポーツイヤーズにはほぼ期待していません。「メガスポーツイベント」にはもちろん多くの人が来ますが、ある期間に限定された一過性のものです。一方、スポーツツーリズムは1年を通じて行われるものであり、長期間に渡って持続性があるものです。
日本スポーツツーリズム推進機構の自治体会員の多くは、高齢化と人口減に悩む地方自治体です。そこでスポーツと景観・環境・文化などの地域資源を掛け合わせ、「スポーツ+α」で街を盛り上げていこうとする取り組みが各所で進められています。これらの取り組みを推進しているのが、地方公共団体とスポーツ団体、観光産業などの民間企業が一体となって組織された「地域スポーツコミッション」です。これまで、スポーツツーリズム推進機構が進めてきたコミッションは90ほどあります。
スポーツコミッションの取り組み事例をいくつか紹介してください。
原田 例えば、2018年7月には「金沢文化スポーツコミッション」ができました。金沢が有する深い文化とスポーツをツールにして、スポーツと文化をコラボさせながら、地域コミュニティーや地域経済を活性化し、文化とスポーツの振興、そして「金沢ブランド」を醸成・発信するのが目的です。
これは、市長肝入りのプロジェクトです。背景には金沢市は今後数年で宿泊のキャパシティーが4000室増えて、名古屋市を超える規模になることがあります。その時、今の需要総量では客室占有率が下がってしまうため、プラスアルファの観光客を呼び込むためにスポーツと文化を使おう、という戦略が見えます。
2018年10月には金沢で「第69回全日本弓道遠的選手権大会」が開催されました。その際、金沢文化スポーツコミッションが支援し、会場内に茶席が設けられたりしました。さらに、世界的な仏教哲学者である鈴木大拙の博物館のクーポン券も配布されました。
スポーツコミッションで最も有名なものの一つが「さいたまスポーツコミッション」でしょう。自転車レースの「ツール・ド・フランスさいたまクリテリウム」には10万人以上が観戦に訪れ、1日で約30億円の経済効果があります。さいたまスポーツコミッションに係るスポーツイベントの年間経済効果は2016年度に65.8億円(推計)に達しています。