33年もの間、箱根駅伝に出場できていなかった青山学院大学陸上競技部を就任10年で優勝に導き、2016年には大会連覇、39年ぶりとなる全区間首位という完全優勝に導いた原晋氏。一時は陸上界から身を引き、サラリーマンとして勤務するという異色の経歴を持った原氏が「IT Japan2016」(主催:日経BP社、2016年7月6日〜8日)で語った、青学を箱根駅伝連覇に導いた組織論、そして低迷が続く日本陸上界の改革案の後編を、談話形式でお伝えする。

いまだに破られない日本記録が示すもの

 2020年には東京オリンピックが行われます。そこに向けて、当然日本の陸上競技もさらなる成長をしていかなくてはなりません。しかし、現在の陸上界は非常に遅れていると言わざるを得ません。そのことを示すのが、何年も破られていない日本記録です。男子では20年以上破られていない日本記録が6つもあります。10年以上破られていないものでも10個以上あるのです※1

※1 オリンピック、世界選手権で実施される種目に限る。
講演を行った青山学院大学陸上競技部監督の原晋氏。現役時代は目立った成績を残せなかったものの、引退後、中国電力でサラリーマンとして再スタート。新規ビジネスの立ち上げと拡大に成功し、ビジネスマンとしての才能を開花させた。2004年に青学陸上競技部長距離ブロックの監督に就任すると、2009年、同大33年ぶりとなる箱根駅伝出場を果たし、2015年、2016年の箱根駅伝では連覇を成し遂げた
講演を行った青山学院大学陸上競技部監督の原晋氏。現役時代は目立った成績を残せなかったものの、引退後、中国電力でサラリーマンとして再スタート。新規ビジネスの立ち上げと拡大に成功し、ビジネスマンとしての才能を開花させた。2004年に青学陸上競技部長距離ブロックの監督に就任すると、2009年、同大33年ぶりとなる箱根駅伝出場を果たし、2015年、2016年の箱根駅伝では連覇を成し遂げた
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 用具やトレーニング理論などは、現代のほうが昔よりも優れているはずなのに、なぜこのような状況に陥ってしまっているのか。それは、23年前のJリーグ発足に遠因があるのではないかと私は考えています。かつては身体能力が優れた子供たちは野球に流れていましたが、サッカーの人気が高まったことで、野球とサッカーで二分することになってしまった。そのため、陸上競技に有望な子供たちが集まらなくなってしまったのではないかと思っています。

 ただ、有望な子供たちが陸上競技を選択しないのは仕方ないことだと思います。もうかるわけでもなく、根性、根性、ど根性の世界ですから。やはり、もっと華やかな競技にしていかないと、有望な選手は集まらないのです。

世界に誇れる環境を有しながらも伸び切れない日本陸上界

 では、陸上競技を華やかにするにはどうすればいいか。それについてお話をする前に、まずは日本の陸上界の現状をご紹介します。

 今の日本陸上界は、非常に恵まれた環境にあると思っています。まず、競技の根底を支える「論理的な練習計画」「陸上道・哲学」は、世界一と誇ってもいいでしょう。日本人の勤勉性や真面目さも自信を持っていい。

 実際、北京五輪の男子マラソンで金メダルを獲ったサムエル・ワンジル選手は、仙台育英高校を経てトヨタ自動車九州に進みました。日本で陸上競技を学び、育った選手です。北京五輪での優勝インタビューでも「僕は日本で我慢ということを覚えた」と言っています。また、2015年の世界陸上1万メートルで4位になったビダン・カロキ選手は、広島県立世羅高校で陸上競技を学び、現在はDeNAに所属しています。彼らのように、日本で陸上を学んだ世界の一流選手たちもいるわけです。

 日本は、「合宿地」「トレーニング機器」「医療環境」に加え、「食生活・水」なども恵まれています。東京から数時間で高地トレーニングを行える高原に行くことができますし、低酸素ルームなどの施設も充実しています。医療のレベルも高いですし、蛇口をひねれば簡単に飲み水が手に入る。日本の陸上界はこうした優れた周辺環境を抱えながら、それらを統括する組織体制がしっかりしていないため、世界に遅れをとってしまっているのです。

日本の陸上界は恵まれた環境にありながら、組織体制がしっかりしていないため、世界から遅れを取っていると説明
日本の陸上界は恵まれた環境にありながら、組織体制がしっかりしていないため、世界から遅れを取っていると説明
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