世界でも最高の質を備えるサッカークラブのリーグで、かつ決勝戦ともなると、単年では世界で最も視聴されるスポーツイベントである「UEFAチャンピオンズリーグ」。その放映権やスポンサーシップの販売を始め、すべての商業面を担当しているスイスTEAM Marketing社で活躍している日本人がいる。同社でアジア、オセアニア、中東、北アフリカ地区の統括責任者を務めている、Head of Asia Salesの岡部恭英氏だ。まさに欧州のスポーツビジネスの最前線で活躍する同氏の目に、世界規模のスポーツイベントの連続開催を控える、日本のスポーツ産業の現状と未来はどう映っているのか。(聞き手、内田 泰)

――日本では2019年のラグビーワールドカップ(W杯)、2020年の東京オリンピック・パラリンピック、2021年のワールドマスターズゲームズ2021関西という世界的なスポーツイベントの連続開催を控え、スポーツ産業が盛り上がりを見せています。欧州に身を置いて活躍されている岡部さんは、日本のスポーツ産業の今後をどのように見ていますか。

スイスTEAM Marketing社Head of Asia Salesの岡部恭英氏
スイスTEAM Marketing社Head of Asia Salesの岡部恭英氏
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岡部 日本は今後、チャレンジングなフェーズに入っていきます。「人口減」と「超少子高齢化」のダブルパンチで、市場が縮小するからです。そうなると、できることは2つしかありません。1つは縮小した市場から出て海外へ出て行くこと、つまり「グローバル化」。もう1つは、縮小した市場で「イノベーション」を起こすことです。

 もちろん、日本はいまだに世界3位の経済大国で、市場は縮小しながらも国民の生活レベル自体はさほど悪くなっていません。2020年以降に日本経済が急に沈むことはなく、緩やかに衰退していくでしょう。スポーツ産業も現状のままでは同様の道をたどると思います。日本人は真面目で現状の改善に長けているので、デフレ経済でもうまくやっていける分、逆にイノベーションを遅らせてしまうのです。

 スペインの名門サッカークラブ、FCバルセロナを経営改革した当時の副会長で、現在はマンチェスター・シティFCなどを擁する英シティ・フットボール・グループCEO(最高経営責任者)のフェラン・ソリアーノ氏はこう言っています。「サッカークラブは、勝つ→人気が出る→お金がもうかる→投資ができる→さらに勝つ、という好循環によってパイが大きくなる」。

 経済が縮小するとこのパイが小さくなってしまいます。だから「グローバル化」と「イノベーション」しか打ち手はないのですが、現状では取り組みが不十分だと思います。

――欧州のサッカー関係者からは日本はどう見えているのでしょうか。世界的なイベントの開催を控えていますが、市場としての魅力はどうなのでしょう。

岡部 たぶん、日本がどうということよりも、中国の経済が急速に伸びてお金が回っているので、欧州のサッカー関係者の目がそこに向いているのが現実だと思います。日本の市場に魅力がないわけではない。ただ、長期的に見て縮小していく日本と、人口が約10倍もあって経済がまだ伸びる中国のどっちへ行くかといったら、中国を選ぶということです。

――先ほど日本のスポーツ産業でやるべきことは「グローバル化」と「イノベーション」と指摘されました。まず、スポーツにおいて、グローバル化がなぜそこまで重要なのですか。

岡部 サッカーを始め多くのスポーツがすでにグローバル化しており、自国だけでは完結できないからです。チーム強化の根幹となる優れた監督やコーチはグローバルベースで活躍しています。つまり、グローバル規模で人材を獲得しなくてはいけないのに、残念ながら現在のJリーグは世界の“地図”に載っていません。

 私が大学のサッカー部に所属していたときには、Jリーグのチームと練習試合をすることがありました。そこには現役のブラジル代表やアルゼンチン代表など世界的な選手がいました。しかし、今のJリーグにそのようなスーパースターと言える選手はほとんどいません。「資金力」がないからです。

 もう一度、好循環に戻すためには世界に出て行かなくてはいけませんが、問題は世界で活躍できる「人材がいない」ことです。だから、2020年以降の日本のスポーツ産業の行く末に、私はまだ“Yes”とも“No”とも言えませんが、グローバル人材さえいれば「やれる」と思います。

欧州サッカーの最前線にわずか3人

――岡部さんのように欧州のサッカービジネスの最前線で働いている日本人はどの程度いらっしゃるのでしょうか。

岡部 私を含めて数えるほどしかいません。FIFA(国際サッカー連盟)に1人、UEFA(欧州サッカー連盟)に1人、それとTEAM社の私の3人です。

 一方、中国人はかなり強いパワーを持っています。中国人はイタリア・セリエAのビッグクラブ、ACミランやインテルミラノなどを含め欧州の10チーム以上のオーナーになっています。

 私はこれまで6カ国に住み、20年に渡って何十カ国も訪問してきましたが、やはりビジネスの基本は「人」です。今、欧州のサッカーリーグで同じ国の選手100人以上がレギュラーで試合に出られるような状況だったら、その国の代表チームは強くなります。ブラジルやアルゼンチンがそうです。

 それは“ピッチ外”も同様です。例えば、日本人が欧米のスポーツ業界に100人いたら状況は変わります。英語では「Intelligence」と言いますが、そうした人材の厚みによって、得られる情報の質や量は大きく変わります。例えば、日本で再びW杯を開催しようとなった時のロビー活動をより効果的にできるようになります。