本記事は、日本機械学会発行の『日本機械学会誌』、第119巻第1172号(2016年7月)に掲載された記事の抜粋(短縮版)です。日本機械学会誌の目次、購読申し込みなどに関してはこちらから(日本機械学会のホームページへのリンク)

 最近のラグビーの現場には、iPadやドローン、ウェアラブルセンサーなどICT技術が盛んに導入されている。ライブのデータや映像などの情報を用いて試合を有利に進める“情報戦”への変化が世界の動向であるためだ。

 コーチ陣がその場で試合の映像を確認、ハーフタイムのブリーフィングで活用できるようリアルタイムで映像を処理。試合後、さらに詳細な分析を加え、選手ごと、プレイ種別ごとに回数と正否率を集計する。この統計データは“スタッツ”と呼ばれ、コーチ陣の方針決定や選手モチベーションの向上、チーム内の情報共有に利用する。

 2012年シーズンから、公式戦で選手のGPS装置着用が認可になり、社会人や学生トップチームの試合ではウェアラブルセンサーによるデータ収集とゲーム分析が行われている。実際の試合では、GPS計測した1次データを各種スタッツに加工する。各トップチームはセンサーを利用し、さらに情報戦で優位なスタッツデータを開発したいと考えている。最新のウェアラブルセンサーはGPSに加え加速度+角速度+地磁気センサーを実装し、複数のセンサーを融合利用するセンサー・フュージョンが実現できるようになった。

 現在、運動解析のためのハードウエア技術とその利用環境は整ってきたが、収集されたデータの処理・活用に関わるソフトウエアに関する技術は発展途上である。ここでは、ラグビーにおけるウェアラブルセンサー計測に関するニーズと、これに対応するシーズ技術としての工学研究事例を紹介する。

科学研究の動向とニーズ

 ラグビーにおいて慣性センサーを利用する研究は2010年頃から海外に見られるようになった。オーストラリアのプロラグビーリーグでは、試合中に選手が受ける衝撃力がケガの頻度や重症度に及ぼす影響を調査するため、慣性センサーでの計測を実施。そこで得られる加速度変動の大小により、コンタクトプレイの衝撃強度をMild/Moderate/Heavy collisionの3段階に分類した。

 国内研究では、本格的な試合を計測対象とする慣性センサー計測の報告例はまだないが、GPS計測の利用は広がっている。福岡大学は、試合中に選手が走った距離と強度、頻度についてポジション別特性をGPS計測で調べた。このように、現状では各センサーからの出力を単体で利用するのみで、より高度な運動評価のためのデータ取得ツールの開発が望まれる状況にある。

 ところで、従来のスポーツ動作計測では、複数のカメラと反射マーカーによる光学式モーション・キャプチャー・システムを使うことが多かった。順天堂大学附属病院は、関東大学対抗戦Aグループの選手を対象に、タックルにおける肩脱臼メカニズムを調査するため、同システムによる3次元動作解析を実施。その結果、動作全体は把握できたが、インパクト時の肢位(体幹基部・上腕骨・肩甲骨の位置関係)について詳細な調査が必要との課題が残った。

 光学式による動力学解析は以下の困難を伴う。まず、マーカーが隠れると、その部分は内挿して予測せざるを得ない。次に、関節にひねりが加わった場合、例えば腕を絞ったときなどの関節間力を推定しにくい。光学式より自由度が高い慣性センサー式モーション・キャプチャー・システムは市販品があるが、光学式に比べ位置情報の精度が低く、時間の経過とともに誤差が蓄積しやすい。