あるある事例

 新任の製造部長であるA氏は、赴任後すぐに自分が管掌するいくつかの工場を巡回して実態確認を行った。特に、前任者のB氏から「あの工場は、やりにくいよ」と耳打ちされたX工場では、なぜB氏がそんなことを言ったのか理由を知りたいと考えて、念入りに実態確認とヒアリングを行った。

 そもそもX工場は、自社の工場の中でも比較的新しく建設されたもので、工場の建屋は新しく、設備も高性能な新型機が導入されていた。生産性や品質は他工場に比べて常に上位にあり、どちらかと言えば「良い工場」として社内のモデルになるべき存在だった。実績だけを見ればむしろ優秀な工場に対し、前任の製造部長だったB氏は否定的な評価をしていたことが解せなかったのだ。しかし、工場に足を踏み入れて工場の製造課長にヒアリングを行ってみると、A氏はすぐにB氏の意図を理解した。

 工場に入ったA氏は、まず製造課長に対して今日の生産計画と実績について説明を求めた。すると、製造課長は「現場に任せている。これまで出荷計画を満たせなかったことはないので問題はありません」と言うのだ。A氏は「そんな状態では工場の生産性などの是非が分からないのではないか」とさらに聞いた。だが、製造課長は「うちの生産性は社内で一番です。何か問題でも?」と返してきた。生産性が高いのは事実だが、それを裏付ける実績のデータはあるのかと問うと、製造課長の返答は「日々の生産性や時間、出来高などの記録は取っていません。やるべきことを全てやってきた結果が今の生産性なので、特に日々の実績を取るのは時間のムダで必要性も感じません」というものだった。

 前任のB氏が言いたかったことは、この製造課長は「自分達はできている」という意識が強く、改善に対する前向きな取り組み姿勢に欠けるということだったのだ。現在の高い生産性は、最新鋭の設備と他工場の反省に立った最新の工程設計の賜物であり、製造課長だけの努力によるものではないはずだ。謙虚にムダ取りを続けていけば、さらに生産性を高めることができるはずなのに、結果が良いからという理由で改善への問題意識がない「結果オーライ」の状態になっていたのだ。