あるある事例

 ある会社の製造子会社に新任の社長として赴任したA氏は、親会社で事業部長や製造部長を歴任したものづくりのプロである。A氏は、赴任に先だって、この会社の過去数年分の財務諸表を集めて、経営課題を把握しようとした。

 親会社のトップからは、利益率が低いことは聞かされていたが、気になったのはそれだけではなかった。貸借対照表を見ると、同業他社に比べて棚卸資産(在庫)がかなり多いことや、固定資産が増加しているにもかかわらず売り上げの増加に全く寄与していないことなどに気付いた。加えて、キャッシュフロー計算書を見ると、手持ちのキャッシュが年々減少の一途をたどっていることも気掛かりだった。「手元の資金が減っているのに、在庫や固定資産は増えている。これは異常な状態なのではないか」と感じたA氏は、「この会社は“お金”の大切さが分からない風土になっているのではないか」という仮説を持って赴任をしたのだった。

 そこで、A氏は生産現場を視察する際に、工場内に複数ある倉庫を見ることから始めた。すると驚くべきことが見えてきた。倉庫が大量の在庫で埋め尽くされていたのだった。原材料在庫には多種多様な原材料や資材の山。製品在庫には製品の山、そして生産工程内にも至る所に仕掛品在庫が置かれていたのだった。さらに、不足する倉庫を補完するために、外部にも倉庫を借りているとのことだった。

 中でも原材料在庫の多さに驚いたA氏は、すぐに資材部長のB氏を呼んで理由を聞いてみた。B氏曰く、顧客の需要動向が多品種少量化して生産品目が多岐に渡るため、どうしても在庫として持たなければならない材料の種類が増えている。結果として原材料や資材が増えてしまった、とのこと。

 A氏は内心「競合のX社の方が、我が社より生産品目が多いはずなのだが、X社は在庫の水準がもっと少なかった」とB氏の返答に疑問を持ちつつ、こう質問した。「不動在庫や長期滞留在庫に類するものはどこにありますか?」と。しかし、B氏の答えは「不動在庫は在庫管理システムで把握しています。プリントアウトしてきましょうか」というものだった。A氏が「現物を確認したいのですが」と言うと、B氏は「主に外部倉庫ですが、置き切れないので一部は工場内の倉庫に分散しています。場所はシステムで確認しないとすぐには答えられません」と回答した。

 A氏は、この会社が「在庫の量=使ったお金の量」、そして「在庫の場所=使ったお金の場所」という意識が低いのだと思った。そして、自分の考えた仮説が正しいと確信した。そのときA氏は、「在庫は仕事の質のバロメーター」というかつての上司の言葉を思い出した。在庫の多い会社は自社の購買や生産、販売、それぞれの仕事の質が低いのに、本質的に改善せずに在庫を持つことで対応しているに過ぎない、という意味だ。A氏は今後の会社運営に大きな課題があることを実感したのだった。