トランジスタは真空管を置き換えるべく開発された──これが通説である。しかし開発の初期段階には、もう1つ目的があった。それは電話交換機のなかの金属接点スイッチ、これを無接点の電子デバイスで置き換えることである。

 ところがトランジスタ開発は「真空管に代わる別の何か」を実現する物語として語られてきた。第2の「金属接点スイッチを無接点の電子デバイスで置き換える」目的はどうなったのか。

 実はトランジスタが実現しても、金属接点スイッチは、なくならなかったのである。だから「金属接点スイッチを無接点の電子デバイスで置き換える」話は、トランジスタのサクセスストーリーとしては、成立しない。これに対して「真空管に代わる別の何か」としては、トランジスタは優秀だった。トランジスタは着実に真空管を置き換えていく。

 歴史は勝者によって書かれる。トランジスタ開発は、後で起こった現実に合わせ、美しい物語として語られてきたのではなかったか。そこで本稿では、トランジスタが真空管を置き換えた成功物語だけでなく、金属接点スイッチを置き換えられなかった物語、すなわちトランジスタの「アナザーストーリー」を語ってみたい。

 もちろんトランジスタは巨大なイノベーションである。半導体産業はトランジスタによって起こった。その後の集積回路においてもトランジスタは主役である。集積回路内のトランジスタまで含めて考えれば、20世紀後半から21世紀の現在に至るまで、ほとんどありとあらゆる産業に、トランジスタは影響を与え続けている。