この連載の第1回で述べたように、イノベーションは経済成長の原動力である。ということは、イノベーションは利潤をもたらす仕組みでもある。経済システムが成長(シュムペーターは「発展」と呼ぶ)するためには、システムを構成する経済主体は利潤を得ていなければならない。「発展なしには企業者利潤はなく、企業者利潤なしには発展はない」[シュムペーター、1977、下、p.53]。

 経済システムが成長していれば、経済は時間的に変化している。すなわち、その経済システムは不均衡状態にある。利潤は、不均衡状態にある経済システムからしか生まれない。

 そこでこの連載第2回では、不均衡状態が利潤を生み出す過程を整理する。それは、資本主義経済活動におけるイノベーションの意義を、より直接的に明らかにするだろう。

「安く買って高く売る」、典型は遠隔地交易

 「安く買って高く売る」。せんじつめれば、この活動だけが利潤を生む。「2つの市場における価格の間に『差異』がある限り、一方で安くモノを買い、それを他方で高く売れば、たとえそれぞれの市場において等価交換が成立していても、利潤が生み出される」[岩井ほか、2015、p.189]。

 「安く買って高く売る」活動の典型は遠隔地交易である。その利潤の源泉は、地理的に離れた2つの共同体の間の価格体系の差異だ。交易が行われなければ、2つの共同体は独立していて、それぞれの経済システムは均衡状態にある。利潤は生じない。ここに貿易商がやってきて、一方の共同体で商品を安く仕入れ、他方の共同体でそれを高く売る。こうして貿易商は利益を得る。すなわち利潤が発生する。

 この状況を水槽モデルで表すことにしたい。すなわち水位に差のある2つの水槽があるとする(図1)。それぞれの水槽が独立していれば、それぞれが均衡状態にあり、水は流れない。

図1 2つの水槽の水位に差があっても、独立していれば水は流れない
図1 2つの水槽の水位に差があっても、独立していれば水は流れない

 ところが水槽の底をパイプでつなぐと均衡が崩れ、水が流れる(図2)。すなわち、水位差というポテンシャル・エネルギーが、水流という運動エネルギーに変換される。この「水が流れる」状態を、「利潤が得られる」状態に例えることにしよう。2つの水槽をパイプでつなぐ行為が、貿易商の活動に対応する。

図2 2つの水槽をパイプでつなぐと水が流れる (利潤が得られる)
図2 2つの水槽をパイプでつなぐと水が流れる (利潤が得られる)

 ここに見たように、利潤の発生には2つの事象が必要だ。1つは、それぞれの共同体で同じモノの価格が違うこと(価格に「差異」があること)である。もう1つは、2つの共同体の間を貿易商が行き来することだ。この貿易商の活動を「媒介」という[岩井、1985、p.50]。「差異」と「媒介」、この2つがないと、利潤は生まれない。

 貿易商による媒介は2つの共同体の独立性を崩す。3者(2つの共同体と貿易商)から成る経済システムは、時間的に変化し始める。経済システムが不均衡になったのである。貿易商は媒介活動を通じて利潤を得る。媒介によって形成された不均衡状態が利潤をもたらす。

 ところがこの不均衡状態は、実はじきになくなってしまう。2つの水槽をパイプでつなぐと、水が流れ、水位に差のなくなったところで、水の流れは止まる(図3)。水槽は均衡状態に戻る。

図3 やがて水位は等しくなり、水流はなくなる(利潤は生じなくなる)
図3 やがて水位は等しくなり、水流はなくなる(利潤は生じなくなる)

 遠隔地交易の場合はこうだ。遠隔地交易がもうかるとなれば、模倣する競争者が現れる。仕入値は上がり、売値は下がるだろう。やがて価格体系は1つに収れんして差がなくなり、利潤を生まなくなる。均衡状態に落ち着いてしまうのだ。すなわち完全に自由な市場競争の下では、経済システムは均衡状態に達し、利潤は消滅する。

 遠隔地交易に代表される経済活動を商業資本主義と呼ぶ。2つの共同体の間を媒介する商業資本主義活動は、その活動自身が自らの存立基盤を切り崩していく[岩井、1985、p.87]。これは実は、商業資本主義に限ったことではない注1)