21世紀の現在、インターネットは社会基盤(インフラストラクチャー)として定着している。私たちの暮らしは、もはやインターネットなしには成り立たなくなってしまった。インターネットが特大のイノベーションであることは間違いない。インターネットが形成されたプロセス、それは大きなイノベーションが創出された過程にほかならない。

 けれども、インターネットの形成過程を述べることは、ことのほか難しい。例えば、イノベーションには「差異」の創出と、その差異の「市場への媒介」が不可欠だ(本連載第2回参照)。しかし、インターネットの場合「差異」がいくつもある。長い時間の間に、たくさんの重要な「差異」が寄り集まり積み重なってインターネットを作りあげた。

 もう1つの「市場への媒介」、これにもインターネットは間違いなく成功したのだ。なにしろインターネットというインフラストラクチャーの上で、数限りない経済活動が行われているのだから。しかし、何がどうなったときに「市場への媒介」が成ったとするか。

 インターネットの場合、たくさんの流れが合流したり分岐したりしながら、長い時間をかけて大河となった。この流れを誰がどう書いても、群盲象をなでることになる。それでもなお、私も群盲の1人として、象をなでることに挑んでみることにする。

 なお、インターネットの形成過程を、この連載の1回分で述べることは困難である。連載3回分を費やすことをお許しいただきたい。

未来の図書館

 『未来の図書館(Libraries of the Future)』と題する本がある。発行は1965年、著者はリックライダー(Joseph Carl Robnett Licklider)である[Licklider、1965]。その未来の図書館には、そこここに情報検索端末が置いてある。端末はネットワークにつながり、ネットワークには膨大な知識が貯蔵されている[喜多、2003、pp.103-106]。

 この未来の図書館は、ほとんどそのまま、現在のインターネット環境だ。私自身、インターネットを図書館として活用している。著者のリックライダーが想定した「未来」は2000年である。2000年時点でのインターネット環境を考えると、著者の未来構想は実現したといえよう。

 となると、『未来の図書館』を実現するプロセスとしてインターネットの形成過程を描く、という試みが可能になる。とりあえず私は、これを手がかりにインターネットについて書いていくことにする。

 『未来の図書館』の著者リックライダーは心理音響学者である。しかし、コンピューターの面白さにとりつかれてしまう。1960年には「人間とコンピューターの共生」という論文を書く[Licklider, 1960]。そして、インターネットの構築に大きな役割を果たす。

 未来の図書館の情報検索端末は一種の対話型コンピューターである。対話型コンピューターが巨大ネットワークにつながっている状態、これが1965年時点での未来の図書館であり、現在のインターネット環境だ。インターネットの源流の1つは対話型コンピューターから流れ出す。