冷静な戦略と才覚があったのである

 地元優良資本の経営であるこのデパートを閉店したのは、老朽化に伴い耐震基準を満たさないと診断された際に改修を断念したためだ。無借金のうちに清算するという、ある意味で立派な判断だったと思う。多分、従業員にもそれなりの退職金などを用意して、それこそきれいな幕引きだったのだろう。

 ところが、食堂だけは何とか残してほしいと立ち上がったのが、地元の女子高校生だった。駅前や目抜き通りに立って署名活動をしたというが、今どき、そんなことがあるのかというくらいに素晴らしい話ではないか。そしてそれを見た、これも地元の林野業の若手経営者が女子高校生たちの意思を引き継いだというのだから、もう映画にしたいぐらいのドラマ、ロマンである。

 引き継いだ彼がやったことは単純明快だ。食堂以外のスペースには手を着けずにそのまま放置したのである。

 1階には、6階にある食堂に誘導するためにつくったコミュニティー的なお店がある(1階に何もないと入り口もなくなるから)だけで、2階から5階までは防火シャッターを下ろしたままにしている。
 お客さんはエレベーターに乗って6階に上がるが、休日や祝日はそのエレベーターのキャパを超えてしまい6階までの階段に行列ができるという。それだけ多くのお客さんが来るということだ。

 これもすごい話であるが、もう一つすごいのは、なぜデパート内に“シャッター通り”をわざわざつくったのかということ。そこに、引き継いだ経営者の冷静な戦略と才覚があったのである。

 このデパート、売り場は不採算だが、食堂はずっと黒字だったという。だから、食堂だけであってもしっかりと営業すれば、これだけお客さんが来るのだから健全に経営できる――そう読んだのだ。一方で、赤字のもとになっていたさまざまな設備は全部閉鎖することにした。そしてお客さん用の駐車場は食堂に来る人に対しても有料とするとともに、お客さん以外にも有料で貸し出したのだ。当たり前だが、不採算部門をきちんと処理したのである。

 あらためてメニューを見たところ、目新しいものはなかった。ソフトクリームは今でも名物だが、ほかに奇をてらったり安売りしたりしているメニューはない。ただただおいしくてしっかりしたメニューなのだ。この値段は安いと思うようなボリューム感はあるが、やはり勝負所はそのおいしさ。手を抜くことのないメニューで勝負している。

 それを、開店して以来、数十年も続けてきたこの食堂は、大げさではなく、地域にとって誰もが知る“マイキッチン”的な食堂だったのだ。

 新しい経営者はそれに気付き、採算も雇用も継続できると判断した。しかも、改装は無借金で賄ったというのであるから、立派と言うほかない。

 このマルカン食堂(復活後の店名は「マルカンビル大食堂」)の奇跡は、私たちが忘れていた事業の本質を見事に具現化しているのではあるまいか。

 良いものをしっかりと提供するという当たり前のことを愚直に続けるマルカンビル大食堂から学ぶべきものは、実に多い。

 だから一緒にマルカン食堂に行こう! あなたも大いに触発されるに違いない。

 ただ、ソフトクリームはシェアにさせてほしい。3人分以上の量は、私にはもう無理。残念だが、私の胃袋にソフトクリームの大盛りは入らない。だが、スパゲティのナポリタンにトンカツがのったメニューはいけそうだ。これをさかなにビールで乾杯しよう。

 マルカン食堂に乾杯!!