リーダーは背中を見せるだけでいい

 なぜ背中なのか。そこには明確な理由がある。開発において、面と向かっての指示や教示は一方通行の伝達事項であって、そこでの共感や共創の意志は希薄になる。

 人は、特に開発を進める人にとって共感や共創はとても大事なことである。誰かの独りよがりの、それも上司の上から目線の独断専行がまかり通ってしまうと、周囲の人や部下は嫌になってしまう。例えそれが正しい方向であっても、独断専行で進む開発に共感や共創を共にする仲間ができる訳がない。

 開発とは、皆で進めるもの。それも、上も下も右も左もないフラットな関係でワイワイと進めるものである。そうして共感や共創の輪が広がり、開発が良い方向に進むのである。

 リーダーは、その良い方向を常に探し、その方向が見えたなら真っ先に向かうのである。いつも先頭にいるリーダーは、多くを語る必要はない。自らが先に進んでいるのだから、後には、その意思を理解し共感し共創しようとする人が続くのである。

 だから、開発のリーダーは背中なのだ。しっかりと開発を進める背中。リーダーは背中を見せるだけでいい。

 余計な説明や手柄話などは不用である。細かいことを言わず、黙々と開発をリードすればよい。厳しい局面や苦労があっても、その背中を見る人は直ぐに分かる。

 それを、振り返っていちいち説明したり弁解したりしたら、チームの団結に亀裂が走る。振り返らず、黙々と、背中でこの方向が正しいのだと語ればよいのである。

 こうして考えると、背面教師的にすればよいことが、意外に多いのではなかろうか。

 例えば、オフィスでの机の並べ方も一考の余地がある。いつの頃からか、職位の低いあるいは若手の人が前の方を向き、その後ろに段々と職位の高い順、あるいはベテランの席が続いている、あの並び方である。

 多分、社員の背面から管理、いやこの場合は監視と言ったほうがよいのだろうが、これは背面教師的な視点でみれば、完全に逆効果と言えるだろう。

 知識や見識をより多く持つ人の背中を見せた方が役立つのに、若い人の背中を見たところで、一体、何が見えるのだろうか。

 本質は、会社を引っ張る、経営を担う先頭に立つ人材が一番前に座り、その背中を続く人に見せればよいことだ。そして、そこにお客様が来たようなとき、その上司なり経営幹部がどのようにお客様に接するのか、それを見せるのも良いことだ。

 外から来られたお客様に、それが出入りの業者であっても、いつも丁寧に対応する姿を見せたなら、誰だって感動し、その人と一緒に仕事をすることに誇りを持つだろう。

 いつか、社長が受付にいる会社にお邪魔したことがある。本当に、受付に社長が座っているのである。お客様はもちろん、出入りの納入業者や協力企業も一番先に挨拶するのが、その会社の社長なのである。

 社員を楽にしようとしているのではない。社長が言うのだ。「うちの会社で一番ヒマなのが私。私にはルーチンワークがないので、こうしてヒマな私が受付にいて、お客様を社内の誰につなげるか、それを、一番社歴の長い私がやっているのです」。

 いかがだろうか。これは極端な事例かも知れないが、社長が後にいる社員を振り返ることも監視することもなく、ひたすらお客様に対応する姿を見せるのである。

 その背中を見ながら、社員は自分のすべきことに集中するだろうし、的確な客さばきをする社長に学び、自分の役割と周囲に対する気配りができるようになるのである。

 開発の向かうところは、社外にいるお客様である。そのお客様に向かって開発を進めるリーダーは、細かいことを言わずに、まさに率先垂範してチームを背中で引っ張るのである。

 さあ、背中で語ろう。背中で教え合い引っ張り合って開発を成功させるのである。

 ところで、クライアントや私の会社はどうかって?

 それは大丈夫。クライアントのトップはもちろん、社員の皆さんも外に向かって頑張っているし、私も外に向かってほとんど毎日出掛けているのである。

 えっ、それはただクライアント先に出張しているだけじゃないかって? う~ん、そう言われればそうなんだなぁ。トホホ…。