これからのヘルスケアにとって、ICTは欠かせないツールとなる。本コラムの第1回は、IT業界の世界大手である米Microsoft社の日本法人、日本マイクロソフト 代表取締役 社長の平野拓也氏に登場してもらった。(編集部)

武藤 今日は医療とテクノロジーをテーマとしてお話をお伺いいたします。平野さんは日本、米国、ドイツに居住経験がありますよね。それぞれの国の医療の共通点・違いはどんなところにあると感じていますか。

今回の対談相手は日本マイクロソフトの平野氏(写真:栗原克己、以下同)
今回の対談相手は日本マイクロソフトの平野氏(写真:栗原克己、以下同)

平野 3カ国とも先進医療国である点は共通していますが、その内容は異なります。例えばドイツや米国での情報の開示方法は非常に明解です。ドイツでは治療の前後の情報をインターネットで共有してくれたり、治療に対する専門的な考え方をきちんと話してくれたりしましたし、米国の専門医もさまざまなデータを用いて論理的に説明してくれる印象があります。

 一方で、日本の場合は意外とデジタル化されておらず、いわゆるデジタルトランスフォーメーションが進んでいません。私からすれば、もっと進む余地があるのではないかと思います。医療の現場に日本の先進技術を組み合わせることで、より新しいネットワーク、コミュニティが形成できるのではないでしょうか。

武藤 そうかもしれません。このままでは、日本の医療は特にコスト面で立ち行かなくなるでしょう。しかし、すぐに変わることは難しいかもしれません。患者も医療従事者もいまだに“変わらないこと”に安定を求める傾向があります。今後大きく社会状況が変わる中で、今までの医療を尊重しながらも変わっていけることが大切だと思います。ただ同じ場所にとどまっているわけにはいかないと私自身感じています。

平野 今後の日本では、超高齢化・人口減少は避けては通れない課題です。だからといって医師が飛躍的に多くなるわけではない。いろいろテクノロジーはあるけども、それがまだ民主化されていない。やはり技術を使って効率的な診療を行ったり、予防を通じて病気の兆候を事前に共有したりするような、より積極的なITの活用が求められると思います。保守的ではなく、もっともっと患者を巻き込んでいくスタイルですね。

 思うに、日本の医療はサービス業と似ているところがあります。医療のクオリティーが高いんだけれども、医師も患者もそれを当然のこととして受け止めている。ここまで尽くして長く働いても「それは社会的な使命だから」と言われ、現場の医師はさらに疲れて、学ぶ時間も少なくなって……といった感じですよね。

武藤 はい。よく言われることですが、日本の医療は水道と同じインフラなのです。これを急激に変えることは難しく、破壊的なイノベーションが起きにくいかと思います。さらに日本では、何でもやってあげるという“おもてなし”の概念が根底にあるため、医療従事者の働く時間は増えているばかりです。

平野 おもてなしの定義を変えてもいいんじゃないかと思います。日本らしさをキープしながらも、例えば米国のように患者をお客様として扱う割り切りが必要ではないでしょうか。

武藤 確かに米国は大胆です。大学6年のときにボストンに留学したんですが、1人の患者に30分ぐらい時間をかける外来の予約を目の当たりにしてとても驚きました。ある意味、きちんとお金を払えば対価に見合った医療が提供されているんだなと。例えばこの採血をしたらいくら、CTを撮影したらいくらといったように、すべての検査の値段が書いてあることにもカルチャーショックを受けましたし。医療のコスト感覚、ある種のビジネス感覚を学生のときに教えるといった合理性は徹底しています。これは日本とは違いますね。

平野 医療をビジネスとして捉える観点からすれば、これから予防は重要なポイントになるでしょう。日常の健康予防にテクノロジーが導入され、バイタルデータを収集して医師や関係者と共有しながら、何度も病院に来なくてもいいようにしていく。

 そこで我々が提供する複合現実(Mixed Reality)の「HoloLens」のようなインテリジェントデバイスが役立ちます。HoloLensは通信機能を搭載していますから、クラウドコンピューティングと融合したさまざまな学び方、治療法をもたらす可能性があります。今のところ最も考えられるのは遠隔診療です。

武藤 我々も今、オンライン診療のシステムを作って福岡市などと実証を始めたところです。また、中国や台湾からもこのオンライン診療モデルに関心を寄せていただき、これから取り組みを始めたいと思っています。