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 北朝鮮が“できる”と主張したことで一躍注目を集めている「電磁パルス(EMP)攻撃」。高高度で核爆発を起こすことで生じる電磁パルスを利用し、広範囲にわたって一瞬にして各種電子機器を故障させ、電力・通信インフラや輸送機関などを機能停止に陥らせるというものだ。こうした脅威論を考慮し、菅義偉官房長官が防衛省、経済産業省、国土交通省などで検討を始めると発言するなど、国防だけでなく市民インフラを対象に含めた取り組みが始まろうとしている。

 実際のところ、HEMPではどのような被害が生じるのだろうか。実際に電子機器に影響を及ぼした例として有名なのは、米国とソビエト連邦による2つの実験だ。1つは、米国が1962年に太平洋のほぼ中央に浮かぶジョンストン島を核実験場として行った「スターフィッシュプライム(Starfish Prime)」実験だ。高度400kmで1.4Mtの水爆を爆発させた結果、爆心から約1400km離れたハワイに影響が及んだ。街灯が停電して、建物のブレーカーが飛び、侵入警報が誤作動で鳴り響き、詳細は不明だが電話交換所でも被害があったとされる。

 ただし、この例はHEMPによる被害を推測するには不十分とも言える。実験は太平洋のど真ん中にポツンと浮かぶ島で行っているため、人里は1400km離れたハワイしかない。確かに1400kmも離れたところで影響があったという点で影響範囲は広いと分かるが、「約1時間で復旧したとの説もあり、電子機器が破壊されたのではなく、ブレーカーが飛ぶなど、いわゆる機器の安全装置が働く範囲と、比較的軽微な被害だったのではないかとの推測もある」(防衛研究所主任研究官 一政祐行氏)。甚大な被害とはどんなものでどの範囲に及ぶのか、という点では疑問が残る。

 もう1つは、ソビエト連邦が同じく1962年に行ったとされる「テスト184」だ。現在のカザフスタンにある核実験場で高度180kmの高高度核爆発実験を行った。詳細は分かっていないが、地上で被害が生じたとされている。具体的には、発電所で火災が発生し、地下の電力ケーブルが熱で溶け、地上の電力ケーブルは絶縁器が焼失、長距離電話用の電話線はスパークギャップ装置(一過性強電流による破壊を防ぐ保護装置)が故障し、何らかの電子機器も破壊されたとされている。

 こちらは送電や通信といったインフラ、電子機器に具体的な影響が出た例と言えるが、当時の米ソの被害状況を詳細に検証することは難しい。加えて、1962年と現在では電子機器の状況が大幅に異なる。1962年といえば、昭和37年、東京オリンピックの2年前にあたる。米Texas Instruments(TI)社のJack Kilbyが半導体ICを発明したのが1958年で、1960年代といえばまさにICの時代が始まろうという段階だ。まだ機械式卓上計算機(手回し計算機)が出回り、トランジスタや一部で真空管も使われたであろう時代と、微細化が進んだLSIや各種センサー、無線通信を多用する現代とでは、電磁パルスの影響は大きく異なると推測されるが、具体的にどう異なるのかは推測するしかない。