国家間を移動する、膨大な量の国際貨物の輸送、毎日の豊かな食卓を支える漁業、製造業に欠かせないレアメタルや、次世代のエネルギー資源の採掘――。海上における様々な経済活動は、陸上の企業活動や日常生活で重要な役割を果たしている。この海に広がる巨大市場を舞台にしたイノベーションが大きく動き出す。背景にあるのは、海上ブロードバンド環境の整備とIoT(Internet of Things、モノのインターネット)。海上IoTは、ビジネスにどのような影響を与えるのか。前編では、IT(情報技術)業界の巨人が熱い視線を注ぐ衛星インターネット計画や、IoTを武器に苦境からの脱出を図る海運各社の挑戦を取り上げる。

無人船時代、到来

 202×年○月△日――。

 洋上を航行する1隻の大型貨物船。船上に目を凝らすと、全く人の気配が感じられない。それもそのはず。この船には乗組員がいないのだ。無人船である。代わりに舵を握るのは、陸上の管制センターにいるオペレーターたちだ。常に船の状態を監視し、必要とあらば遠隔で操船する。数年前から乗組員が乗らない船は珍しくなくなった。

Rolls-Royce社が考える無人船のイメージ図。船体上部に甲板は見当たらず、乗組員の姿もない(画像:Rolls-Royce Holdings社)
Rolls-Royce社が考える無人船のイメージ図。船体上部に甲板は見当たらず、乗組員の姿もない(画像:Rolls-Royce Holdings社)
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 これを可能にしたのが、海の上でも使える高速ブロードバンドの環境整備である。管制センターでは、上空から船体を映し出す検査用ドローンが映し出す映像や、エンジンを監視するセンサーからの情報を、インターネットを通じて常に収集。何か問題があれば、故障や不調の原因を突き止める――。

 これは、決してSFの世界の話ではない。航空機や船舶向けのエンジン開発を手掛ける英Rolls-Royce Holdings社が描く自律航行船の未来予想図だ。2020年までの商用化を目指し、大海原を無人で航行できる船の研究開発を進めている。

Rolls-Royce社が構想する、無人船の陸上管制センターのイメージ図。オペレーターが遠隔で船舶の運航状態を監視する。(画像:Rolls-Royce Holdings社)
Rolls-Royce社が構想する、無人船の陸上管制センターのイメージ図。オペレーターが遠隔で船舶の運航状態を監視する。(画像:Rolls-Royce Holdings社)
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 Rolls-Royce社が目指す自律航行船は、自動航行と陸からの遠隔操作を組み合わせたハイブリッド型だ。多数の船舶が針路をふさぐ湾内など、ある程度の危険度が想定できる場合には、オペレーターが陸から遠隔で操船する。現在は、船舶を取り巻く波や風などの幅広い気象条件下で動作する各種センサーの動作試験や、遠隔操船シミュレーションシステムの開発を進めている段階という。

 無人船の研究開発はRolls-Royce社だけの取り組みではない。同社のプロジェクトは、EU(欧州連合)が支援する研究開発プロジェクト「MUNIN(Maritime Unmanned Navigation through Intelligence in Networks)」の取り組みの1つだ。プロジェクトの主な目的は、船舶輸送の経済性向上である。

 一般に大型貨物船には、船長を筆頭に航海士や機関士、乗組員の食事をつくる調理員など20人前後の船員が搭乗することが多い。船員の人件費は、船舶管理費の半分弱と船の航行にかかる費用の大きな部分を占めるといわれる。無人船が実現すれば、この費用を削減できると同時に船員の居住空間の分だけ貨物積載量をさらに増やすことも可能になる。もちろん、国際的な法整備などハードルは少なくない。だが、海上輸送を手掛ける企業にとっては一石二鳥の効果があるのだ。

 実は、この取り組みのインパクトは、船舶輸送の経済性向上だけにとどまらない。あらゆるモノがインターネットにつながる「IoT」を全地球上で活用できるようになる状況を象徴しているのだ。まさに「全地球IoT網」である。