脳科学と教育の融合に好機が到来

――すると、学習効果を測定しながら、その人にとって効果的な学習法を探るためにも利用できそうですね。

川人氏 脳科学の教育への応用というのは、かつてから検討されてきたテーマではあります。脳科学の世界的権威である伊藤正男先生が、長年続けてきた「脳を知る、脳を守る、脳を創る」という研究コンセプトに、20年ほど前から「脳を育む」という脳科学と教育の融合領域を加えました。そして、脳科学者と教育学者の間で議論したのです。ところが、議論は全く噛み合わなかったといいます。教育学者から見れば、脳科学で扱う"血の通わない"測定データでは、人格を育む生きた教育は語れないということのようでした。一方の脳科学者は、教育学は個々の学者の見解が体系化されていないと感じたのです。

 しかし、現在はその時点に比べると、脳科学で得られる知見が格段に詳細になりました。学習による脳内回路の変化が、学習結果とより明確かつ詳細に対応付けられるようになっています。教育学の方も、科学的に進化しているのではと考えています。いよいよ、教育への応用を考えることができる時期にきているのかもしれません。

――勉強や技能やスキルを磨く訓練をしていると、今やっている勉強や訓練の方法が本当に正しいのか不安になることはよくあります。科学的な指針が得られるようになると、迷いなく研鑽できるようになるかもしれません。

川人氏 人の勉強や訓練に活用するだけではなく、熟練技能者の技能をロボットにコピーしたいというニーズへの応用も考えられます。少子高齢化が進む日本では、名人級の技能者が後継者もなく続々と引退して、存続が危うくなる企業や業種が出てくることでしょう。ATRでは、逆強化学習と呼ぶ方法を使って、名人の行動パターンを参考にしてディープラーニングを用いて、熟練技能者の技能を写し取る研究をしています。しかし、なかなかうまくいきません。ここは確実に社会の要請がある部分であり、何らかのブレークスルーが求められています。

この記事は、日経BizGateに掲載したものの転載です(本稿の初出:2017年9月26日)。