AI時代を見据えた仕組み作りを急げ

――先端技術が経済活動のかたちを変え、新たな社会の仕組みの再設計が求められる局面を迎えているのですね。AIによる経済活動の変化は、急激に進むのでしょうか。

井上氏 AIには、1つの業務しかこなせない特化型AIと、人間のようにさまざまな業務をこなせる汎用型AIがあります。このうち、現在実現しているのは特化型AIです。そして、汎用型AIが実用化すると、労働者の雇用がなくなってしまう可能性が出てきます。汎用AIは2030年には実現のめどが立つとする見方がありますから、現在は過渡期にあると言えます。

 ただし、特化型AIでもインパクトは十分大きく、特定業界の雇用環境を大きく変えています。米金融大手のゴールドマン・サックスが金融取引の自動化を進めた結果、2000年には600人いたトレーダーが2人しかいなくなり、代わりに全社員の3分の1がエンジニアになったと言う話はその典型です。今のうちに、AIの活用を前提とした業務の仕組みや人事制度を作っておく必要があるでしょう。

――汎用AIが普及する時代、人間にはどのような仕事が残るのでしょうか。

井上氏 「クリエイティビティー」「マネージメント」「ホスピタリティー」に価値の源泉がある仕事は残るでしょう。これら3つは、単に脳の機能をまねただけでは再現できない、人間の心だけにある固有の要素に関連しています。人間の心の中には自分でも理解不能な感性や感情、欲望があります。商品の企画や便利な技術の発明には、こうした要素が欠かせません。

AIネイティブが養うべきスキルとは

――AIの活用は、好むと好まざるとにかかわらず必ず到来すると思われます。井上先生は人材を育てる教育者でもあります。AI時代を担う、いわばAIネイティブ世代の子供たちは、どのようなスキルを養ったらよいのでしょうか。

井上氏 何をやっているのか、明確に定義できない職業が今でもあります。総合商社の社員は、自分たちの仕事を子供に伝えることも難しいし、「総合商社」という言葉自体を英語にすることも難しいと聞きます。私は、こうした職業の方がAI時代にしぶとく生き残ると思っています。定義が明確にできる職業ほどAIに置き換えやすいのです。これまでは、生き延びる力を得るため、手に職を付けることの重要性が説かれてきました。しかし、こうしたスペシャリストを高く評価する発想は、AI時代では逆に危うくなります。むしろ、商品の企画もするし、イベントも行うといった、ゼネラリストの方が有利です。

――スキルを磨くうえで、かなりの発想の転換が求められますね。

井上氏 これからを担う子供たちは、問題を発見し、それを解決する能力を身につけることが重要だと考えています。私のゼミでは、この点に注力して、学生の自発的な思考を促すよう努めています。小学校で夏休みの自由研究が課題として出されているかと思いますが、これをなぜ中学・高校でやめてしまうのか残念です。自分でテーマを見つけて追求する作業は、継続的に経験していかないと身につかないと思います。

 特に問題発見は、AIにとって難しい作業です。なぜならば、解くべき問題とは、人間の価値観に照らし合わせて浮かび上がる問題だからです。人間と同じ心を持っていないと問題意識を持つことができません。過去に実例がある問題ならば、AIがデータの傾向から示唆してくれるでしょう。ただし、これは本を読んで、過去の例や賢人の知恵から学ぶのと同じことです。前例のない新たな問題が潜んでいる場合には、AIが示す示唆を鵜呑みにすると、見当違いな問題設定をしてしまうことになるでしょう。解決すべき問題は、人間が自ら考える必要があります。

 また、問題の解決法も人間にとって納得できるものである必要があります。囲碁で勝つといった明確な成果目標に対して、AIの力は絶大です。しかし、世の中の問題の多くは何をもって解決したと言えるのか、成果の定義が複雑化しているものがほとんどです。何が重要な成果なのか判断する作業には、人間の出番が残ります。